ご紹介したい曲があります

どこに生まれるか。

子供たちには、選ぶことすらできない。

どこで育ったか。

子供たちには、拒むことすら許されない。




私の好きなアーティストである
「the yellow monkey」の曲に「JAM」と言う曲があります。

ボーカルであり、この曲の作詞作曲をつとめた
吉井和哉さんは先日、真鍋かをりさんとご結婚、待望のお子さんも生まれて、話題となりました。

その吉井さんが作った、1996年2月29日に発売の「JAM」歌詞に、今こそ是非、注目して欲しいのです。

出典 YouTube

残念ながら1番だけですが・・・

二番の後半にある歌詞です。

Good Night 数え切れぬ  Good Night 罪を越えて

Good Night 僕らは強く  Good Night 美しく

あのえらい発明家も 凶悪な犯罪者も

みんな昔子供だってね

外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに

「乗客に日本人はいませんでした。」

「いませんでした。」「いませんでした。」

出典 http://www.utamap.com

私たちが常に、想像しなければならないことの様に思います。

誰かの物語

この曲から、私はとある女の子の物語が頭に浮かびました。
吉井和哉さんが言いたかったこととは、まったく違うかも知れません。

けれど、書き留めずにはいられなかったのです。

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画像はイメージです。


生まれた家は、電気は通っていない。
水は井戸水だけど、綺麗ではない。
朝ごはん用の水を汲むだけで、片道歩いて1時間。これでも良いほうだった。

栄えてる場所は殆どが「せんとうちく」と呼ばれているから、危なくて住みたくない。

隣の子は、その家の本当の子供ではなく、「せんとうちく」でもない山の中に住んでいたけど、真夜中の空爆で家族みんな死んで、一人だけ生き残ったんだって。「せんとうちく」は毎日弾丸が飛び交うけど、そうじゃない場所も安全とは言えない。

そのあと、たまたま家に居なくて難を逃れた数件先の家族と一緒に、その家族の親戚関係の家に越してきた。
だから、すごく狭い家なのに10人も住んでた。

選ばれし戦士

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私はもうすぐ10歳になる。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、1歳の弟と暮らしていた。

ある日、私と同じ年くらいのその子のところに、突然、車がたくさん来た。

「神に選ばれし戦士になる」


と言われて、大勢の男達に連れて行かれる。

1年半一緒に暮らしていた育ての親は、その時は「有り難き幸せ!」とか言って大喜びしているようだったのに、数日後、何故か自殺した。

それからまたしばらく経って、今度は私のところにも男たちが来てこう言った。

「今日から選ばれし女となり、初潮をむかえたらすぐ、神の子を産めるぞ。嬉しいだろう?」

私は喜んでいい事なのだと思って、手を合わせてお礼を言った。
なのに、お母さんとお父さんが

「勘弁してください!!」

「どうか娘を連れて行かないで!!!」


って泣くから、私まで悲しくなってしまって、涙が溢れた。

それでも男たちは私を、両親がつかむ腕から引き剥がし、無理やり車に乗せて走り出した。
窓が真っ黒で外は見えなかった。




銃声が2発、聞こえた気がした。

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私が施設に到着すると、あの子がいた。
体の半分以上ある大きな銃を斜めに背負い、腰にはいくつもの手榴弾がついてた。
数日あっていないだけなのに、別人のようだった。

眉は釣上がり、瞳の奥が暗く光っていて、目の前に立つ「指導者」と思われる男の顔を見て微動だにしない。

そして、他にいる数人の子供達みんな、同じ格好、同じ顔で並んでる。

神の子作戦は、10歳を迎えたらだ。それまで、わたし達は全力でお前らをサポートしてやる。

お前らの両親の命を奪ったあの爆弾。あれを作った国へ連れて行ってやるし、作ったやつの家の前にまで案内してやる。

あいつらは悪魔だ。

お前らの両親を殺したことで、悪魔の国では表彰されるのだ。殺した人々の魂を金にかえて、豪邸を手に入れ、ご馳走を食べ、子供を産む。

その子供もまた、悪魔なのだ。
悪魔を根絶やしにし、その連鎖を止められるのは、神に選ばれし戦士にほかなら無い。

わかったか!」

「はい!」

大きな声で返事を返すと、指導者は一人一人の頭に手をあてがって、祈りのようなものを捧げた。


私にも、悪魔を倒す手助けができるのだろうか?そう願いながら、男たちと共に、建物へ向かって歩き出した。

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写真はイメージです。

どの国の視点に立っても・・・

生まれたとき、憎しみを抱えて生まれてくる赤ちゃんはいません。
憎しみの矛先や、その報復の仕方を教えるのは、紛れもなく大人が作っている世界です。

私は、誰がどの国の視点に立っても良いと思います。
でも、どの国に想いを馳せても、どの国に寄り添うとしても、そこに正義は無いのです。

あるべきは、自分は間違っているかもしれないという謙虚さと、目に見えない部分に対する「想像力」と「思いやり」ではないでしょうか?



この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

でも、どうかお願いです。
少しだけ想像してください。

もしも自分の国の出来事だったら・・・

「私」「その子」「自分」だったらと。

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