人間の持つ能力には、自分自身を感じ取る自覚と、想像する力、善悪の区別する意識、
自覚して行動する意思がある。
正しいとされる原則に基づき、周りとの調和を見極めながら自分を客観視する事で、
自我と良心を両立させ、社会にコミットして行くのである。

幼児の頃は、物の量、長さ、大きさを区別出来ない事から、人間の外見と内面の区別があることを知らない為、感じたままを受け止める。人を区別しないからである。
この頃は、親の姿が見える位置に居て、子供は安心して外部との接触をする。
学校へ行くようになると、人間には内面と外面があることを知るようになる。
表情だったり、雰囲気だったり、態度とか、人間の持つ共通の感情から、思いを感じ取る
ようになり、一方で自分との違いを考えるようになります。
子供の頃、クラスの男の子1人、いつも担任の先生に怒られている子がいました。
子供の目から見て、何故叱られているのか分かりませんでした。
同じことしていても、その子だけ怒られていました。
今思えば、気に入らない子だった?それなりの理由があったのでしょうが…
中学の頃も、変なあだ名をつけられたり、酷いことを言われたり、外見の悪口とか
噂とかありました。一緒に遊ぶとき、意味もなく仲間外れにしたり、いつも特定の子が的になっていました。普通とされてる事から外れていると、良くも悪くも標的にされます。
死に直結してしまういじめとは、どうなんでしょうか?
他人を攻撃する時、自分が言われて一番痛い言葉を使ってしまいがちですが、
言葉は、受け取り方で全く違う物にもなります。
成長段階の子供には見方を変えたり、防衛機制が働かず、純粋であるがゆえに、正面から受け止めて深い傷を負ってしまうのでしょうか。

人間の内面は目に見えない部分です。人の行動や言葉から人柄を知ることが出来ます。
見た目とか、外見とは違いますが、これも外に表れたもので推測します。
内面にある性質、性格から行動を考えず、こうしたからこういう人なんだと理解する。
しかし、外から分かる事は一定ではなく、必ず性質を表すものではないと考える必要がある。
人間社会において、どんな所にもいじめはあるもので、どこに行っても尽きない問題なのです。どんな世界でも、多かれ少なかれ起こりうる現象です。
学校でのいじめ問題、思春期に見られる登校拒否だったり、非行、自殺にまで至る傾向を考えると、保護者である親の比重が高いと考える。
子供は、親の行動や考え方を、そのまま受け継いでしまう傾向にあります。
家庭環境、親の影響が大きいのです。学校は子供の社会の場であり、
家庭は、子供の安全基地でなければならない。安心できる安らぎの場である。
保護者という信頼できる強い味方が居て、大きな愛で包んでくれる憩いの空間、辛い時、苦しい時、悲しい時、寂しい時、心を癒せる安住の場所。
学校、同輩の子供たちを非難する前に、保護者である親が考えて欲しいと思う。

学校を擁護するわけではありませんが、教師の中でも似た問題はあるでしょう。
人間社会、人と人の関係、様々な人間が居て集団化すれば、人を蹴落とす者が居たり、
弱いものを保護しようとするものが居て、同調しなかったら反撃したり、違ったところがあると仲間外れにしたり、思い通りにならないと気に入らないとか、妬み、恨み、気分だったり、大人がしている事、して来た事、自分の子供に対して、親としての背中を見せていますか?親も、教師も、社会全体で大人とされてる人達が、子供のいじめ問題を解決しようなんて…???

ただ、心も身体も成長期である思春期の子供にとって、感傷的でもあり、経験不足から
心の痛手も大きく、情緒不安定に陥りやすい。又、いじめる側も子供であるため、加減が分からず、予想以上の残酷かつ冷酷な行為が平気で行われると考える。
未熟なゆえに起こしてしまう事であり、周りの大人は見守り、指導し続けなければならないのです。とはいえ、身を持って経験しなければ理解は難しく、落とし穴に落ちないように見て行く必要があります。最も身近にいる親の役割です。運悪く誤って落ちてしまったら、助けるのも親の責任であり務めです。
親は、子供に育てられ、救われるのです。親となった時から、死ぬまで子供の人生を背負うことになると、知っておかなければならないのです。







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