今も時々・・、降りる駅ではない駅で降りた彼女に、どうしたら、もっと上手に自分の気持ちを伝えることが出来たのだろうか・・と、思うときがあります。

『息苦しい車内』

朝の通勤時間のピークを過ぎたとはいえ・・、特急電車の車内は人が隙間なく乗っていて・・・。おまけに5月の心地良く感じる太陽の光が、電車の厚いガラス窓を通すことでポカポカを通り越し、乗っている人の熱気と相まった車内は少し息苦しいくらいでした

それでも初めは5分おきに止まる駅が2つ続いたので、外の空気が流れ込んで来ることができて「ホッ」とする瞬間もありましたが・・・。

3つ目の駅に向かうには、約12分近く電車のドアは開きません。そのせいか・・、2分もしないうちに車内の空気は徐々にムワりとしだしました。

すると、私が立っていた扉の反対側端の扉の方から、男の子の「うぅ~、う~」とぐずる声が聞こえだしました。

〝あぁ~、大人は声を出さずに我慢出来るけど・・、子どもには、この息苦しい蒸し暑さは我慢出来ないよね・・。普通か急行なら窓を開けて新鮮な空気を入れられるけど、特急電車は窓が開かないから・・無理なんだよね。頑張れ、ボク!〟と心の中で思いました。

ですが男の子のぐずる声は、だんだんと大きくなります。

それと同時にお母さんの「すみません、すみません」の謝る声がし始めました。

どうやらぐずる男の子は少し言語障害があるようで、私の立つ位置からは人の壁が邪魔をして、そのお母さんも男の子も何処にいるのかは分かりません。

反対側の扉のほうに目を向けながら、〝誰か、近くの人がひと言「大丈夫ですよ」と声をかけてくれないかな・・。それだけでも違うんだけどな-。ここからだと叫ぶことになるし・・、そうすると、見えないお母さんがビックリして、きっと、もっと気持ちが辛くなるなぁ・・〟と思いつつ、なにも出来ない自分にイライラ・・・。

多分・・私の想像ですが、今、このお母さんは、殆ど知らない他人と身体が密接している混んだ電車内で、自分の子どもが声を出してぐずりだすのを、周りの人に迷惑をかけてはいけない・・と思い、とてもいたたまれない気持ちになっていたのだと感じていました。


『あと・・、3分の我慢』

あと3分ほどで次の駅に到着するという時に・・、車内の空気が動きました。

どうやら声だけでぐずっていた男の子が、身体を使って駄々をこね出したようで・・、それを避けようと周りの人が動いたのです。

このとき、お母さんの感情はピークに達してしまったのでしょう。

お兄ちゃん、いい加減いしなさい!○○は、ちゃんとおとなしくしているのに、もう二年生になったんだから!」と小さな声でしたが、ぐずる男の子をしかるお母さんの声が聞こえました。

〝お兄ちゃん・・、ぐずっているのは上の子で、○○は下の子の名前だから、今、弟くんも一緒にいるんだ。二年生、今日は平日だから・・学校があるはずだけれど・・。〟

「この電車で×時までに○○の駅に行かないといけないの。お兄ちゃんの為に今日は、わざわざ行くのよ。だから、お願い、おとなしくして」と、切羽詰まったお母さんの声がまた響きます。

〝あぁ・・、なにか、お兄ちゃんの為の場所に、学校を休んで今から行くんだ。確かにその時間だと、この電車でギリギリ間に合う時間だけど、その駅は、次の駅の次の次だから、次の駅に着いても、そこから後20分以上は乗ってなきゃいけない。お兄ちゃん・・、無事にこの少しムッとしたなか乗っていられるか今の状況だとちょっと心配だな・・。〟

そして、とうとう、男の子のぐずる声に我慢出来なくなったお母さんが「お兄ちゃん、静かにしなさい!そうしないと、お母さん困るの!だから、ちゃんと立って!」と、とうとう大声で怒鳴ってしまったのです。

けれど・・、怒鳴られた男の子は、今まで以上に声を上げて、聞き取れない言葉で激しくぐずりはじめ・・。と、同時に電車は駅のホームに入り。

扉が開きました。

私は、この駅で降りるので・・、なにも出来なかったという情けない気持ちになりながら・・人の波に押されて電車をおりました。

『缶ジュース』

私にも甥っ子や姪っ子がいるから少しだけ分かるんです。
子どもって新陳代謝が半端なく良くって、体温が高いから、多分、あのムッとした車内では大人以上に汗をかいてしまい・・、喉が渇わいてしまったのではないかと思ったんです。

かわいそうに・・暑くて、喉、渇いていたんだろうな、あのお兄ちゃん・・。〟と思いながら改札口へと向かいホームを歩いていると・・・。

反対側から、涙を拭きながらトボトボと歩いてくる女性がいます。その後ろを4歳くらいの男の子が自分の後ろを気にしながらついてきます。

そして、その男の子から三歩ほど離れて、小学二年生くらいの男の子が「うぅ、う・・お、ぁ・・さ・・う」と、前を歩く女性を呼びながら歩いています。
その声は、まさにさっき乗っていた電車の中で聞こえていた、姿の見えない男の子の声でした。

〝えっ・・、この声、さっきの男の子の声、ということはあのお母さん・・、降りる駅じゃない駅で降りてしまったんだ。〟と、思いながら、丁度、自動販売機の前で親子が通り過ぎていったのを振り返り、見送っていると・・・。

お兄ちゃんは、必死になってお母さんを呼んでいるのですが、お母さんは泣きながら前へ、前へと歩いて行きます。

無視された男の子は、その場に立ち止まり、お母さんをもう一度大きな声で呼びました。すると、お母さんも男の子が立ち止まったのが分かるのか・・、背中をむけたまま・・立ち止まりましたが、振り返りません。

代わりに小さな弟くんが、お母さんに駆け寄り足にしがみついて、下からお母さんの顔を不安そうに見上げています。

〝これは・・、しんどい。多分、毎日が、お兄ちゃんのことで、人に迷惑かけたらあかんの緊張のしどおしやったんと違うやろか・・。そやから、お母さん、もう今日の混んだ電車のなかで、気持ちがいっぱいいっぱいになって、本当にしんどかったんやね・・。〟

〝で、あなたには・・なにが出来るんですか?この状況で・・〟と、自問自答しますが気の利いた言葉が浮かばない私は・・。

〝そうだ、ちびたち(甥と姪)は喉が渇いてぐずるとき、お気に入りのジュースを買ってあげると笑うんだよね〟と、急いで自動販売機でちびたちが好きなジュースを二本買い。

立ち止まっていたお兄ちゃんに「ボク、さっきの電車、暑かったね~。暑くて、喉渇いたやろ?ジュース飲みよっし」と声をかけると・・。

お兄ちゃんは無言で缶ジュースを受け取りましたが、お母さんの足にしがみついていた弟くんが嬉しそうに飛んで来て、缶ジュースを手に取ると、飲んでいいかというようにお母さんの方を振り返りました。

私の声に振り返っていたお母さんが、コクリと頷いたので弟くんは嬉しそうに笑います。

弟くんが嬉しそうに笑ったので、お兄ちゃんも缶ジュースを両手で持ったまま弟くんに向けて笑いました。

お母さんは、弟くんとお兄ちゃんの缶ジュースのフタを開けると「おいくらですか?」と私に聞いてきました。

「いえいえ、私が勝手にしたことだから気にしないでください」
「いえ・・・、200円でいいですか・・」と下を向き、鼻をすすりながら・・、お母さんは小銭入れから100円玉を2枚出して私に差しだしてくれました。

どうしようか・・「いいですよ」と断ろうか・・とも思いましたが

〝あぁ、そうだ。このお母さんは、電車の中でも人に迷惑をかけてはいけない・・と、降りる駅でもない駅で降りたんだ。これ以上、このお母さんの、その気持ちを傷つけることはしなくていいんじゃない。だいたい、ちびたちと同じ発想で、考えの足りない行動をした私が悪い・・〟

「すみません、いらん気ぃつかわせて・・・」
「いえ」と、小さくこたえてくれたお母さん。

短い会話の後に残されたのは100円玉二つと、缶ジュールを両手で持ち、嬉しそうに笑いながら、お母さんの後をついて行く男の子二人の笑顔でしたが・・。

〝私、本当は・・、多分、一番にお母さんを元気にしてあげたかったんだよね。なのに、どう見ても反対に気ぃつかわせてるやん。なにしてるねん・・私〟と、しばしの間100円玉2枚を見つめていました。

『貰ったお金』

あのお母さんから貰った100円玉2枚、一生懸命に子育てしてきた お母さんの流した見えない涙が、いっぱい詰まっているような気がして・・、なんだか特別なもののように思えて使えません。

使えないから、小さなビニール袋に入れて財布のなかにしまっていました。

そして、財布を開けるたびに・・、その100円玉2枚を見るたびに・・。

〝もうちょっと気の利いたこといえんかったんやろか・・。出来んかったんやろか・・。〟と思うけど、正解なんて分からない日々が3カ月くらい経ったでしょか。


ある日、駅と百貨店を結ぶ大きな歩道橋の上で、育英会あしなが基金の学生さんたちが、募金箱を持ち募金を呼びかけていました。急いでいたので一旦は通り過ぎたのですが、思い直し・・。

戻って、大事に財布の中に入れていた100円玉2枚を募金箱に入れました

いつか、あのお母さんが「そんなこともあったよね」と、子どもたちと元気に笑えるようにと願いを込めて100円玉2枚を募金箱に入れました。

勿論、それとは別に自分のお金も募金箱に入れました。

少しだけ気持ちが軽くなりましたが・・。(なにが正しいなんて答えはないのかもしれません。正しさや、答えを求めるのは自分の自己満足、エゴではないのかとも思います。)
それでも、あの時、自分はどうすべきだったのか・・と、今でも自分自身の答えが分からずに宿題のままです。

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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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