僕の家は貧乏でした。
どれぐらい貧乏なのかを、子供目線で書き連ねると、僕は子供の頃に新しい洋服を買ってもらった記憶がありません。
全て、兄のお古を着せられていましたし、オモチャを買ってもらうなんて夢のまた夢だったのです。
だから、空のマッチ箱を利用して合体ロボットを一生懸命作りました。
友達の合体ロボットは超合金製なのに、僕の合体ロボットは板紙製だったのです。
何日も掛けて、やっと完成させた合体ロボットを大喜びで友達に見せた時、その友達はマッチ箱製のロボットを「見すぼらしい」と笑いました。
47歳になった今でも、その時の悔しさをはっきりと覚えています。

おやつなんかもそうでした。
友達の家では、1人に1袋のお菓子が与えられていましたが、僕の家では、兄弟4人に1袋のお菓子しか与えてもらえなかったのです。
僕達は、そのお菓子を袋から出して、1枚1枚かぞえながら大切に分け合いました。
しかし、均等に分け合えないモノもあったのです。
それは、バナナに付いていたシールでした。
ありましたよね。
1房に1本だけ、会社のロゴシールが貼られていたバナナ。
そのシールの貼られたバナナが、何故か僕達には特別に映ったのです。
だから、いつもシールの貼られているバナナをジャンケンで取り合っていました。
何の価値もない、単にシールが貼られていただけのバナナを…
大人になって、スーパーや八百屋でシールが貼られたバナナを見掛ける度に、子供のころ、何故このシールを必死で奪い合ったのかを不思議に思います。

そして、今ならちゃんと分かるのです。
あの頃は貧乏が嫌で、惨めな思いが辛くて、死ぬほど欲しかったお金が、あのシールが貼られたバナナほどの価値しかないことを。
シールに目を奪われ、バナナ本来の価値を見誤った様に、お金に目を奪われ、幸せ本来の価値を見誤ったのです。
僕達は、本当に幸せでした。
そして、与えられなかった僕達兄弟よりも、与えることの出来なかった母親の方が何十倍も辛かったはずです。
僕の母親は化粧もせずに、お洒落も出来ずに毎日、男の様な服装で一生懸命に働いていました。
僕達兄弟のために…

僕は、今でも悔しくて悔しくて、後悔の涙を流すことがあります。
何故、あんなシールが貼られただけのバナナを特別だと思ってしまったのか?
何故、兄のお古を着せられただけで、めそめそ泣いていたのか?
何故、自分が一生懸命に作った、世界に一つしかない合体ロボットに、もっと誇りを持てなかったのか?
何故、僕達のために身を粉にして働いてくれた母親を、もっと大切にしなかったのか?
僕にとって、あのシールが貼られたバナナは、もの事の本質を覆い隠すような、見栄と虚像の象徴だったのです。

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中国で会社を立ち上げて。
ベトナムでも会社を立ち上げて。
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