配偶者以外に恋愛感情で繋がるパートナー、それをセカンドパートナーと呼ぶそうです。その是非を問います。

セカンドパートナーで検索をすると、1,060,000ものページがヒットします。ただ、そのほとんどが同じ内容で、この曖昧な男女関係を暗に認めさせようとする力が働いているようにも感じられます。コメント欄には否定的な意見が多く寄せられていますが、飽くまで個人的な感情論の域を出ていません。セカンドパートナーと不倫、はたして何がどう違うのか?法律的な見解を交えながら見て行きましょう。

法律的にはどうなのか?

「性的関係がない場合であれば、基本的には交友関係の範囲内として違法性は認められず、慰謝料の支払い義務はなく、離婚原因とはならないのが原則的な考え方といえます。

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

yahooのコメント欄には、毎回様々な意見が並びます。

たとえば、性的関係がないとはいえ、相手宅に外泊したり、何日も二人きりで旅行に行ったりしたケース。セカンドパートナーと一緒にいる時間が多過ぎて夫婦共同生活をないがしろにしたようなケースなどは、『婚姻共同生活の平和の維持』を違法に侵害したとして、慰謝料の支払い義務が認められたり、離婚原因と判断される危険性も十分に考えられます」

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

以上は弁護士の見解です。法律的には限りなくグレー、それが「セカンドパートナー」の立ち位置と言えるでしょう。

ここからは、セカンドパートナーをSPと表記します。日本で言うところのSPは、一部の小説の中で登場する造語のようです。英語には日本語のSPに相当する意味の言葉がありません。

1.プラトニックな関係?!

プラトニックとは、「純粋に清らかで精神的な」と定義されています。しかし、元々は男色をこよなく愛したギリシャ時代の、ある哲学者の名前に由来する言葉です。現代的に歪曲した解釈がされたことは否めず、本来の意味とは違って使われているのかもしれません。とは言え、仮に精神的な繋がりを表すとしても、アウトである可能性が高いようです。

その理由は

「精神は肉体を凌駕する。ヒョウか、ケンシロウか?」の世界です。(分かる人だけ笑って下さい)肉体的には関係を持たなくても、精神がさらに強い関係性を保っているとするならば、すでに結婚生活は破綻していると言えるでしょう。なぜなら、この世で最も強い絆は家族であるからです。友人や恩人、師弟関係を上げる人もいるでしょうが、災害などに見舞われて命が危険に晒されたとき、真っ先に思い浮かぶ相手の顔は。いかがでしょうか、家族ではありませんか?もし、そこにSPが介在するとすれば、夫婦の絆は切れていると考えられます。

2.老後を見据えたお付き合い?!

三従(幼少時は父兄に、結婚したら夫に、夫の死後は子に従うこと)の一つで、仏教や儒教の教えとして女性が守るべきものとされていた。

出典 http://kotowaza-allguide.com

これは少々古い時代の考え方かもしれません。今では男尊女卑だと言われかねませんね。しかし、これが元来日本人の生き方とされてきました。

欧米との交流が深まると、以上のような考え方も否定されてしまいます。しかし、クリスチャニティーが思想基盤をなす欧米では、むしろこの考え方に近いと言っても過言ではありません。統計では、30~60%の既婚者が不倫を働くとされていますが、SPの概念があるとは考えられません。とすると、SP自体が日本の発祥と言わざる得ないのです。

SPそのものが日本で考え出された概念だとすれば、例え「老後を見据えたお付き合い」だと言ったところで、不倫を擁護するだけのただの言い訳にしか聞こえなくなります。

3.若くないから肉体的には惹かれない?!

熟女AVがあり熟女キャバクラがあるご時世で、「40を過ぎたから肉体的な関係には魅力を感じない」というのは詭弁です。1992年に発売されたロバート・ジェームズ・ウォラー(Robert James Waller)原作のマディソン郡の橋”では、主人公の男女は45歳を過ぎていました。情熱に滾るような恋をし、肉体的にも深く繋がりました。しかし、お互いが惹かれるまでには、年齢を超越した精神の融合があったのです。これこそまさに、「精神は肉体を凌駕する」ではないのでしょうか。

人間の肉体は、メンテナンスの仕方によっては120歳まで可動するようです。とすれば、40や50でセックスアピールが逸失するとは到底考えられません。SPは、あたかも同年齢の恋人のように設定されていますが、年の離れた相手である場合も十分に考えられます。それなら尚更、どちらかが(もしくはお互いに)肉体的な魅力に惹かれてもおかしくはないでしょう。

4.配偶者のお互いが了解している?!

「希薄な精神的繋がりに、肉体的には接触すらもない関係。しかし、お互いの状況を鑑みれば、SPは画期的な存在。だからSPを理解し了承する」。彼らが言及するところの「理解」とは、極一般の夫婦が知る理解とは全く別次元の考え方に見えて仕方がありません。人類の発展は、問題に対してトライ&エラーを繰り返し、それを克服してきたからこそあります。SPの存在を理解し了承するのは、夫婦間に何らかの問題がありながら、それを直視せず棚上げにしている状態に過ぎないのです。例えそうではなくとも、問題解決に取り組んでいるとは考えられません。お互いの配偶者が、「夫は妻をただの家政婦として、そして妻は夫を稼ぎを運ぶ働き蟻として」扱っているように見えてならないのです。それでもまだ、婚姻関係が成り立つと言うのなら、結婚の意味とは何でしょうか?

SPは1人?ポリアモリーとの違いは?

不特定多数の人と全く同じ条件で性交渉を持ち、各々の相手がその条件を全て了承している関係を、ポリアモリーと言います。要するに、浮気や不倫を全て公にしながら相手との良好な関係を築く人の考え方です。

「ポリアモリー(英: polyamory)とは、つきあう相手、親密な関係を同時期に、一人だけに限定しない可能性に開かれていて、全ての関係者が全ての状況を知る選択が可能であり、全員がすべての関係に合意している、という考え方に基づく行為、ライフスタイル、または恋愛関係のことである。」

出典 https://ja.wikipedia.org

SPは、このポリアモリーのセックス無しバージョンと言えるでしょう。肉体関係を持たず、精神的な繋がりだけを求める不倫ではない行為、それがSPですから。しかし、ここで興味をそそるのが、「SPは1人でなければならないのか?」という疑問です。「友達以上だが肉体的にはニュートラルで、なおかつ精神を分かち合える人」ともなれば、常に1人とは限りません。10人も20人もいるのはおかしいでしょうが、2~3人であれば十分に可能です。そして、その場合、SPはランク付けされるのかどうか?非常に興味を駆られます。

ここでの結論

思想言論の自由が保証されている限り、どのような考え方がなされようとも否定することは出来ません。SPでもポリアモリーでも、当事者同士が了承し理解し合っていれば、それを第三者が抑圧することは許されないのです。とは言ってみたものの、殆どの夫婦がSPを理解しているとは思えず、存在すら知らずにいるのが現状です。マスコミは、あたかもSPを周知の事実として記事にしますが、そんなはずはありません。仲の良い異性の友達がいて、たまに愚痴をこぼしたりお茶を飲んだりする程度なら語るにも及びません。が、夫婦間で解決すべきことをその道のプロでもない人間に逐一相談されているとすれば、はたして残された側の気分やいかに?「相手が喜ぶことをする。もしくは、相手の嫌がることをしない」。これは自己啓発などでよく使われる哲学的アイデアですが、親密な関係を作る有効な手段だと説いています。

クリスチャンでもない人が教会で式を挙げ、神父の言葉に誓いを立てる昨今の日本です。Marriage is a sacred union(ご自身で調べてみて下さい)と言ったところで、理解できようはずもありません。個人的には、これ以上〇〇な習慣が増えないことを祈るばかりです。

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今季おススメのアニメは「うしおととら」。海外ドラマでは「ブラックリスト」。これまでに見た映画の中では、個人的トップ10の常連である、「フィッシャー・キング」です。

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