長きに渡って宿敵のライバルだった「きのこの山」と「たけのこの里」の戦争で、たけのこの里が悪行を働いたと話題になっています。

回転寿司チェーンのスシローが10月16日から、明治との初コラボによる「きのこの山のモンブランパフェ」を期間限定で販売することへの「たけのこの里」の嫉妬からとか!?

それがこのパフェ!

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美味しそう!

きのこたけのこ戦争とは、1980年から現在にかけて、チョコレート分離主義・ハンマー族・ビスケット派を中心とするきのこの山陣営と、チョコレート混合主義・ドリル族・クッキー派を中心とするたけのこの里陣営との間で戦われている日本国最大級の内戦。
1979年にたけのこの里が発足して以来、翌80年頃から小規模な派閥戦争が国内各地で頻発していたが、21世紀前後のインターネット普及により、戦火は瞬く間に日本全土へと拡大した。

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1979年、明治製菓からたけのこの里が発足。4年もの間、チョコレート分離主義によってお茶の間の過半数を支配していたきのこの山だったが、たけのこの里が掲げるチョコレート混合主義にその領土を悉く奪われる。これを危機としたきのこの山陣営はたけのこの里陣営を市場侵略と批判。きのこ至上主義を訴えるが、それにたけのこの里が強く反発。両者共に主張を譲る事はなく、ここにきのこたけのこ戦争が勃発する。

両派閥の出資者である明治製菓はこの事態を憂慮し、急遽1987年にすぎのこ村を設立。しかし、平和の象徴、緩衝地域として機能する予定だったすぎのこ村は、皮肉にもきのこたけのこ両陣営の激しい戦いによって歴史の地図から消滅する。講和条約は白紙へと戻され、この事件以降、明治製菓は文字通り「菓子の商人」として両派閥を背後から支援する存在となる。すぎのこ村は現在では廃村と化しているが、数年に一度復活するとの伝説が残されているという。

きのこの山陣営は明治製菓の出資を背景に、20種類以上の限定商品を以ってお茶の間へと侵攻。同じ明治製菓の出資を受ける筈のたけのこ派はごく僅かな限定商品しか開発出来なかったが、数多くの若年層を取り込む事できのこ派に対抗。この格差には様々な説が論じられており、お茶の間の厭戦感情を考慮に入れた明治製菓の策であるとの説が有力である。しかしその一方で、明治製菓はきのこ・たけのこ両菓子の売り上げを競うというキャンペーンを数度行っており、菓子の商人としての辣腕を発揮している。

この戦争において、きのこ派・たけのこ派共に多くの血が流れた。もっぱら鼻からだが。
内戦は開戦より30年経過した21世紀の現在も尚続いており、収束する気配が無い。両派閥共に明治の傘下にある為、これを商業戦争として批判するものも多く、また、社内ではきのこ派、たけのこ派のどちらに籍を置くかによって社内での出世が決まる程に派閥争いが深刻化している。更には多数の他菓子会社の武力介入により、戦局は迷走。
この戦いに、終わりはあるのか。

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東大生協での闘い!

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開戦!

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卑怯だぞ!

強すぎるぞ!たけのこの里!

味覚センサーで味を比べてみた!

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たけのこの里に軍配が!

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たけのこの里が圧倒的に優位!

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それでも、40代以上になると「きのこの山」を好む人も増えています。

・「たけのこの里」の方がどっしりとしたクッキー生地なので、食べごたえが若年層に受けている。

・実は「きのこの山」の方が4年先行して発売(1975年)されたため、40代以降の支持が厚い。

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そりゃあ辛い。。

私もきのこ派です!

仲良く並んで育って・・

おじさんをも虜にしちゃう!

永遠に続きそうな、この戦いです。(笑)どちらも譲らず切磋琢磨しながら、美味しいお菓子の頂上を目指して下さいね。

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東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

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