霊夢をみた37年前の場所を訪ねた。

37年前でさえボロアパートだった。
もう無いだろうと思って寄ってみた。

なんと、まだ辛うじて建っていた。

霊夢をみたアパート

出典南法聖観伝より


私が一番貧苦していた頃の事。
6畳一間、風呂、トイレなしのボロアパート。
窓からは工場の看板の明かり。
それは朝方の出来事だった。
突然、部屋の中の空気が変わり、誰かがいるような気配を感じた。
恐る、恐る薄眼を開けてみる。
と、そこにはあり得ない光景が、、。
緑色の目をし耳は肩までたれ、薄いピンク色の衣を頭からふわりと纏い、
艶やかな宝石の冠をつけ、鼻は細長く眉間から伸び、口元は子供の様な小さな口で、
肌は透けるような薄いピンク色。
身の丈は約1メートル80の観音菩薩が私のお腹の上に立っていた。
そして私の顔を覗き込んできた。
暫くするとその顔は何か不思議そうな目をして見つめていた。
生きる事にウンザリしていた私はあの世に連れていって欲しいと言った事を覚えている。

お腹の上に立たれた観音菩薩イメージ

出典南法聖観仏画集より


枕時計を見ると4時半を指していた。
という事は夢ではない!
その頃、私は転職を34回していて世の中に対して不信の念を持ちどうにでもなれという諦めの感があった。
でも気持ちの中に自分一人でやれる仕事がないか考えていた。
大阪に行き芸人になろうとある芸能事務所に手紙を送りその返事をすでに持っていた。
大阪に行こう。
そんな折に一冊の本に出会いその観音菩薩に出会う20日前の事で、私は導かれる様に母と一緒にそのお寺に行き大阪成功祈願をしに行った後の出来事でそれから私の人生は大きく変わる事になった。

埼玉県 秩父市にあるお寺

出典南法聖観伝より

大きく変わったその内容は当時、私に一銭の金もなく事を起こそうとしても夜のクラブやキャバレーのボーイ生活では何も考えられなかったのも事実だ。
私が勤めていたクラブの一階に喫茶店があり、
友達と何気なく話したその一言が今の占いや仏画師になるほんの小さなきっかけになり
志を立てた。
それからというものその喫茶店で話す一言がやがて占いというものに結びつき
日増しにお客さんが増えボーイをやりながらボーイの給料をいつしか超えていた。
当時、まだ占いのブームと言ってもさほどでもなく、でも食べられる生活ができるという自信がつき、
どうせ一度諦めた人生の中に希望と夢を自分で作り決心をし占いの道に入っていった。
ボーイの生活はその時に終わり34回の転職もその決意の日に消えた。
ここでこの記事を見た人にアドバイスをしよう。
人生!この世の中には人間の社会の中にも人にスカウトされなくても
高額な資金がなくても志と高い精神力と創意工夫!
その3つがあれば道は光るものである。
但し気持ちの中に自分の意思などを固定してしまっている考え方があれば、
その道すら現れることはない。
世の中、不可思議な事も沢山ある。
見逃さない事だ!

次号に続く。

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天球占術家 超能力者 仏画師 脚本家 多彩な才能を持ち独特な視点、感性で世界で活躍する。
某テレビ局出演 22年。http://nanpou-seikan.jimdo.com

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