1586年創業の老舗和菓子店「虎屋」。この虎屋のホームページに掲載された文章に、称賛の声が相次いでいます。

書いたのは虎屋17代の黒川光博社長。本社ビルの建て替えに伴い、本日7日いっぱいで赤坂本店の営業を一時休止することを知らせる内容です。ネット上では「商人の鑑(かがみ)」「顧客と丁寧に向き合わないと書けない文章」「こういう店こそ老舗にふさわしい」と称賛の声がやまないのです。

十七代 黒川光博より 

赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ

赤坂本店、および虎屋菓寮 赤坂本店は、10月7日をもって休業いたします。室町時代後期に京都で創業し、御所御用を勤めてきた虎屋は、明 治2年(1869)、東京という全く新しい土地で仕事を始める決断をしました。

赤坂の地に初めて店を構えたのは明治12年(1879)。明治28年 (1895)には現在東京工場がある地に移り、製造所と店舗を設けました。昭和7年(1932)に青山通りで新築した店舗は城郭を 思わせるデザインでしたが、昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のため、斜向かいにあたる現在地へ移転いたしました。

「行灯 (あんどん)」をビルのモチーフとし、それを灯すように建物全体をライトアップしていた時期もありました。周囲にはまだ高いビルが少なかった時代で、当時 大学生だった私は、赤坂の地にぽっと現れた大きな灯りに心をはずませたことを思い出します。この店でお客様をお迎えした51年のあいだ、多くの素晴らしい出逢いに恵まれました。

3日と空けずにご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。

このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています。3年後にできる新しいビルは、ゆっくりお過ごしになる方、お急ぎの方、外国の方などあらゆるお客様にとって、さらにお使い頂きやすいものとなるよう考えています。新たな店でもたくさんの方々との出逢いを楽しみにしつつ、これまでのご愛顧に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

虎屋17代代表取締役社長 黒川光博

出典 https://www.toraya-group.co.jp

室町時代後期、京都で創業。後陽成天皇の御在位中(1586〜1611年)から御所の御用を勤めていたという記録が残っています。明治2年の東京遷都の折、京都の店はそのままに東京に出店しました。店主は代々黒川家の人間が務め現在十七代目となります。

虎屋17代代表取締役社長 黒川光博氏

出典 http://toyokeizai.net

黒川家の人間は一代に一人しかこの会社に入らないという不文律があるのも特徴です。同じ代に兄弟、家族、親類縁者は誰もおらず、現在は私のほかは息子がいるだけです。
古いしきたりでいえば、京都に毘沙門天のお像が祭ってあるのですが、代が替わる時だけ当主が一人で厨子の扉を開いて拝むというものがあります。私も父が他界した時に一人で開いて拝みましたが、次に開く時は私が死んで息子がということになります。その時にひとつの覚悟を持ち、いろいろ考えます。

「この瞬間から自分の代だ。何の制約もないのだから、自分の信念に基づいてしっかりやれよという意味で社是・社訓はないのだ」と思ったことを今でもはっきり覚えています。

出典 http://toyokeizai.net

時代を超えて、年代を超えて愛され続ける名店「虎屋」。その老舗たる理由がわかるような挨拶文です。

変わらぬ味と共に、いつまでも続く和菓子の文化を継承する名店です。

この記事を書いたユーザー

うー このユーザーの他の記事を見る

東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス