はじめに

長男が最初に発達障害と診断されて 早いもので もう6年半以上が過ぎました。こうして 時が流れ その頃と 今では 本人の様子も 診断名も随分変わりましたが 診断直後の苦しみは 今も忘れる事が出来ません。

薄々おかしいと思っていたけれど 診断されてしまったあの日は どうしようもない悲しみに満ちていました。

そして、その悲しみは やがて 子どもを産んだ自分を責めたり 家族との言い争いにすら 発展してしまったのです。そうなってしまったのは 私自身が 悲しみにくれるあまり ある大切な事に気づけなかったからでした・・・。

今、まさにお子さんが 発達障害かもしれない、あるいは診断された直後の方に 長い道のりになるかもしれませんが 家族で支え合って お子さんとの事を考えて行ける様に わが家の経験で大変恐縮ですが お話してみたいと思います。

診断後 親が通るとされる一般的な障害受容までの傾向

発達障害は 出生前や出生直後の検査等で判明するものではなく 数年経過して 適切な時期に発語が出て来ない、目が合わない、月齢が進んでも夜 眠らないなどの何らかの 発達上の違和感に親や周囲が気が付いて 医療機関に受診して 診断される事が多いかと思います。
文部科学省のHPによると 親が子どもの発達障害に気づき 受容して行くまでには 下記の様なプロセスを通って行く傾向が見られるそうです。
①疑念、混乱ー子どもの様子に不安を抱き 障害?いや、違うなどと葛藤する時期。

②ショックと安堵ー医療機関で診断され ショックを受けたり 育て方のせいではなかったのだ、と安堵する時期。

③努力と挑戦ー何とか遅れを取り戻そうと 親子で課題に挑戦していく時期

④障害の受容ー①~③のプロセスを経て やがて子どもの状態を受け入れて行く時期。

実は障害の受け止め方には「個人差」がある

子どもが診断された日の夜は、私たち家族にとって それまでで経験したことがない様な 悲しい夜でした。夫婦で共に 夜遅くまで今後の事を思い 涙したのを思い出します。

しかし、仕事に行く夫は いつまでも泣いている事は出来ません。数日後には 元通りになり 私が泣いている事さえ 見るのを嫌がる様になりました。毎日 暴れる子どもと2人きりで 気分転換出来ない私にとっては 夫だけが唯一の理解者だと思っていたので この態度には 裏切られた思いでした。

そして、やがて 何て冷たいんだろう、子どもの事を愛していないのかな?この人と結婚して失敗だったのかも・・・とすら 思う様になってしまい 夫婦仲が冷えだしました。

その後 私は 家庭での 療育に精をだし 次第に 療育を通して同じ様に障害と向き合う仲間が 出来て来た事で 少しずつ 落ち着きを取り戻して行きます。

子どもが落ち着いて来て 数年が過ぎた後ですが、禁断だったあの子どもが診断された頃の態度について 夫に質問する事が出来ました。

凄くショックを受けていたと。
だけど 自分が仕事に行かなくては生活が出来ない。
クタクタに疲れて帰って来ると 妻は泣いているか 矢継ぎ早に色々と 子どもの事を話しかけてくる。その内容は 子どもの暴れている様子など 聴くのが辛いことばかりだった。自分にも 心の余裕が全くなかったのだそうです。


その後 療育を通して 多くの仲間と出会って気が付いた事なのですが 子どもの障害の受け止め方や 受容までの道のりは 一般的な傾向はあるとはいえ そのスピードには かなりの個人差がある様です。

1つの花を見ても 1つの景色を見ても 1冊の本を読んでも 感じ方がそれぞれである様に どんなに例えば 仲の良い家族であっても お子さんの障害に対する受け止め方は それぞれなんですよね。

そこに気が付いていたら・・・あの頃のお互いに責め合ってしまった記憶に残る喧嘩は 避けられたのかな、と思ったりします。

障害と診断されて すぐ前を向いて 療育などを探せる方もいれば辛すぎて 障害に関する書籍は一切 読めなくなる方もいます。ご家族の中で意見が割れたとしても 障害理解までのプロセスは 個人差があると言う事を理解していれば より良い方向を探す為に 力を合わせて行きやすくなるのかもしれません。

家族の持っている強みを探し生かす

診断後 様々な情報を目にしたり 実際 親の会などに参加してみると 他の家庭の様子も目に入ってくるかもしれません。私は 自分の家庭が上手くいかない中 協力的なご家族を見ると とても羨ましいと思いました。

しかし、他の家庭と比べてばかりいて 何故 あなたは!?と言っているうちは むしろ家族間の争いが絶えなくなり 上手く力を合わせる事が出来ませんでした。

一番 上手く協力体制が出来上がって行ったのは 責めって意見を統一する事ではなく 相手(家族)に療育等の完璧を求めるのではなく 今持っている良い面を療育に生かして貰える様に お願いして行く事でした。

例えば アカデミックや言葉を改めて教える事が苦手なお父さんがいても もし体力に自信があれば 体を使った遊びで お子さんの笑顔を引き出すきっかけを作れるかもしれません。

また、その様なダイナミックな遊びは苦手でも 手先が器用で粘土細工などが好きなお母さんもいらっしゃるかもしれません。

厳しくするのが苦手でも お孫さんが大好きな おばあさんなら 沢山笑顔で褒めてあげる事が出来ると思います。

そうやって 家族内で まず大人である自分達が どちらかと言えば 好きで子どもとやれそうな事はなにか?という視点で 子どもの療育にあたっていくのも良いかもしれません。

また、家族間だけでは 悩みが共有出来ない場合 公的相談機関等を 利用して 誰かに話を聴いて貰うのも 心を落ち着ける為に有効な場合もあるかと思われます。

発達障害のお子さんの困難は お一人ずつ違いますし また その家族の環境もそれぞれだと思います。なので 全く参考にならないケースもあるかと思いますが 私の失敗談が もし どなたかの参考になる事があれば 幸いです。

最後まで お読み頂き 本当に ありがとうございました。

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HAPPY DAYS-ABA早期療育を家庭でやってきたママのつぶやき





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小学生の息子と幼稚園生の2児の母です。長男が2歳の時、発達障害を診断されたのをきっかけに 家庭でABA(応用行動分析)を 中心とした療育を始め6年半が過ぎました。息子が療育手帳を 卒業したのを機に 2012年に家庭療育の手記をまとめ 学研教育出版より「ママと呼んでくれてありがとう。」自閉症の息子と歩んだABA早期療育の軌跡が出版されました。2014年には 韓国にて同手記が「엄마라고 불러줘서 고마워」というタイトルで翻訳出版され多くの方に読んで頂き 幸せに思っております。その後 長男は 社会性、認知面など大きく成長し 付添なしで普通学級に就学しました。 友達も出来 楽しい小学校生活を過ごしていたのですが、1年生の後半に視覚認知不良と 先天性の書字障害(ディスグラフィア)と第二の診断が下されました。 息子と家族ともに 新たな困難と向き合い 将来への 自立の 方向性を探しながら 家庭療育を続けています。日々の事は HAPPY DAYS-ABA早期療育を家庭でやってきたママのつぶやき♪南の島編http://ameblo.jp/emy-taro-happydays/というブログに 時々 書いております。

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