道は、経道ではなく仏道

釈迦は、経典を穢す者は仏を穢す者よりも罪は重いと教えています。
しかし、釈迦にとって仏教における経典とは何の為にあったのでしょう?
釈迦は長い修行の末、辿り着き、最終的に説き明かした経典は法華経だったと言われています。
その長い修行の意味するものは、即ち厳しい道のことであり、仏道を貫き続けたということに他ありません。
私はこのことを考えますと、釈迦の出て来る経典則ち、最終的に到達した法華経とは仏道そのものだったと思います。
即ち、法華経の教えを発見・発掘するための旅だったのだと思います。
ですから、恐らく釈迦が最初から法華経の教えを全て悟っていたのではなく、自分なりに仏道というものに強い信念を持ち、いずれ自身の希望や願いを全て満たす結果をもたらすことになるだろう正しき原因作りが仏道修行であると信じていたはずだと思うのです。

いいカモと、よくないカモと

通常、私たちは世の中にある教えのことを、良いかも・・或いは、良くないかも・・と、都合の良いカモのこととして、試すつもりで習ってみては、それが原因でさ迷っているのです。
そして、釈迦が最終的に悟ったと言われる法華経はどうやらそのカモのさ迷いを解決するためにあったようです。
つまり法華経とは、読者である半信半疑の信者に対する、試したい、確認したい気持ちを上手く誘導していると考えられるのです。

実は、そこが釈迦と私たちの根本的に異なるところです。
釈迦は若くして成道をなされましたが、成道とは道を達成したということですね。
道を達成したということは完全に仏道へ入られたという意味になります。
つまり、覚悟を決めて二度と半信半疑とならない仏道こそが絶対であると確信したわけですから、何も疑う余地なく一直線に間違いはないという信念を貫く修行をしたということなのです。
ですから、仏道に入った後の釈迦には一瞬のさ迷いも生じなかったわけです。
そして、釈迦は数限りなく多くの仏教の経典に接し、次々に説き明かして行ったわけですが、それこそ、釈迦にとってこそ最終的に到達できた法華経は一番の最大難関だったと言えるわけなのです。

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私は、まちづくりをもし専業にできたら素敵だと思っています。
世の中には、国造り、会社づくり、モノづくり、人づくり、お金づくり・・・さまざまな「つくり」がありますね。
その中でも、まちづくりとはわざわざ心掛けて作ろうとしなくとも、放っておけば出来上がるかのような最も漠然と掴みどころのないものに思えます。
しかし今あちこちで、何かとまちづくりが大切であると、なぜ呼びかけが始まりだしているのでしょう?
 
私は、まちづくりの動機の動機と言えば、ただのきっかけだけがカギを握っていると思います。
そして、まちづくりとは案外、国造りよりもっと大きな心がけを必要とするのではないかとも思えています。
それは、誰もが最も身近に感じ得る共通の課題意識であることである共に、一体まちづくりをどうすべきであるかは誰にも直接にはその責任や方法を知り難いことだからだと思います。
いわゆる、自分に直接降り掛からなければどうでも良いことこそが一番複雑で難しい問題であると言えるでしょうね。
ですから、その何か偶然のきっかけが必要なのです。
そのきっかけについて、関心がある人たちで話し合い、実行していけることが本業にすることができれば、私はきっと最高の喜びに違いないと思っています。

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