「我が子の障がい受容」母親にとって“子供に先立たれること”の次に残酷なものではないでしょうか。

現在も尚、増え続けている発達障がい児・自閉症児は、生後数年経過してから障がいがあるということがわかります。我が子に障がいがあることを知った母親達が通る“鉄板道”とまで呼ばれている道を、私自身も通ってきました。

この場合の“鉄板道”というのは「子供の成長に疑問を抱いた→保健機関等に相談へ行き、障がい児専門病院を紹介される→診断を受け、障がい児だと告知される→どん底まで落ちる→なんとか這い上がり、前向きに思考を転換する→療育を受けながら親子共に成長し合う」というものです。それが鉄板道だとは、当時の私には知る術もなく、仮に知っていたとしても通らずにはいられない道のりだと感じています。

ここで個人差が出るのが、どん底からどのくらいで這い上がってこられるのかという点と、前向きに療育を受け始めてはみたものの心の底から障害受容が出来ているのかという2点ではないでしょうか。それは、どのような形やタイミングで診断を受けたかも大きく関わってきます。

大抵の場合、専門病院は予約でいっぱいで数ヶ月程度の待機期間があります。この期間のうちにネットで情報を掻き集め、書籍を読み漁り、ある程度の予測や覚悟が出来た後で診断を受けたのなら「やっぱり...」という思いが強い中で、改めて現実を知るという形になります。

このようなケースとは違った形で診断を受けた母親、例えば何の心の準備もなくいきなりのことだった。或いは多くの場合は3~4歳で診断が確定しますが、我が子の成長の遅れ等に気づかなかった、または気づかないフリをし続けてしまい、子供がある程度大きくなってから周囲から診断を受けるよう指摘されてしまった。このような場合はどん底に落ちることにさえ抵抗しているので、なかなか現実を受け入れることが容易ではないようです。

私達は、ある日突然発達障がい児の母親になりました。健常児だと思って育ててきた中で受けた衝撃はあまりにも大き過ぎる問題です。鉄板道を通ってきたにしろ、いきなり診断を受けたにしろ、誤魔化してきたが途中で無理がきてしまったにしろ、子供が障がいを抱えていることには変わりありません。目の前にいる子供とどう向き合っていくかが大きな課題となります。

しかしながら、前向きに療育を受けさせている母親の中にさえ、未だに障害受容をしきれていないと自覚している方も沢山いらっしゃいます。それほど愛する者の憂い事は非常に受け入れ難いものなのです。

それでも「止まない雨はない」「明けない夜はない」時が経てば、雨に濡れた大地は乾き、本来の姿を取り戻していきます。同じくして、時間と共にカチカチに固まった氷が溶けていくように、どんなに凍りついた心もやがて溶け始めて温かさを取り戻します。

愛すべき自閉症児と出会った私の人生。大変だけどこの素晴らしい人生を、掛け替えのない家族と共に日々大切に過ごしたい。一日一日の成長すら愛おしい。共に笑い合える笑顔が何よりの財産。これが私の障害受容後の素直な気持ちです。

きっと最後には、全てを受け入れられる時が来る。ならば、今から少しでも顔を上げていこう。そんな小さな心がけがご自身を、そして子供を輝かせていくのです。子供の障がいと全ての現実を受け入れてから、未来への道のりが拓けて何もかもが回り出すもの。このことを心にの隅に留めておいてほしいと願っています。


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「すまいる♪ステップ*~自閉症児の奇跡の軌跡~*」
著者は、重度自閉症児の母 兼 カウンセラーです。
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「涙はやがて止まるもの。障がい児でありながらも心に抱く夢は、子供と共に歩むことで輝き始めます」

来てくださってありがとうございます♪
秋の長雨も、凄かった台風も去り、久々の青空が広がっています(^-^)
そんな空を見上げて、ふと思い出したこと―――
たっくんが重度自閉症の診断を受けて、何もかもドン底だった頃。
その頃はまだ、現在のようにブログやSNSが流行っていなかったため、

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