さまよう貧しい人を家に招き入れなさい。イザヤ書58:7
 おまえたちは、
わたしが旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気の時に見舞ってくれた。マタイ25:35~36
     (ローズンゲン日々の聖句9/22;火)
 あの方は言われるのですね。「わたしの好む断食は、悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか。飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか」(イザヤ58:6~7)と。

 それで、イエスも、「空腹での人に食べ物を与え、渇いている人に飲ませ、旅人に宿を貸し、裸の人に着る物を与え、病気の人を見舞い、牢にいる人をたずね」(マタイ2535~36)て欲しいのだそうです。
 私たちの生まれたときからの霊から来る思いは、このような人たちを見てみないふりをするものですが、イエスが派遣して下さる聖である霊と呼ばれる方が、御自分を受け入れた人たちの心に来させて下さる御思いは、この、イエスと同じ思いなのでしょうね。天の父とよばれる方は、私たちを「御霊に満たし」(エペソ5:18)、イエスと同じ御思いを私たちの心にも置いてくださるのだそうです。今日も。


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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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