アブラムは、主の言葉に従って旅立った。創世記12:4
 信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。ヘブル書11:8
      (ローズンゲン日々の聖句9/15;火)...
 天の神、主と呼ばれる方が、メソポタミアのウルという町に住んでいる一人の人、アブラム(のちのアブラハム)に声をかけられたのだそうです。
「あなたは、あなたの生まれた故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地に行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪うものをわたしは呪う。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創世記12:1~3)と。
 それで、アブラム(のちのアブラハム)は、そのお言葉のとおりに出かけたのだそうです。
どこへ行くのかも知らないまま。 天の神、主は、そのように、彼がお言葉に従ったことによって、彼から一つの民族を生れさせ、そのイスラエル民族2000年の歴史の中で、その中に一つの王朝、ダビデ王朝を作り、そのダビデ王の子孫として救い主を生れさせたのだそうです。  私たち、神の一人のようになろうとし、自分で善悪を決める者になっている者は(創世記3:22)、先まで見通せて、これなら大丈夫と納得できてからでないと行動を起こそうとしない者ですが、アブラハムはそうではなかったようですね。天の神、主への信頼、この方と思いを一つにし、行動を一つにしていきたいとの願いが彼にこのような行動をとらせたということでしょうか。
 イエスを十字架刑で処刑することで、私たち、すべての人間を処罰済みの手続きを完了していて下さり、これを受け取る者に、もう一人の方、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣して下さる方は、この方によって、ご自身の、私たち一人一人に対して持っていて下さる御思いを私たちの心に思わせて下さり、私たちをとおしてしようと思っていらっしゃることを、私たちの心置かれるのだそうです。 それで、私たちが、その心に来た御思いに気がついて、アブラハムのように、その思いについて行くことで、私たちと共働で、事を完成したいと願って下さっているのだそうですね。
 「もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。」(ガラテヤ6:25)
 今日も。
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佐知男 このユーザーの他の記事を見る

愛媛県久万高原町の産。仏教大学(社会福祉)、JTJ宣教神学校卒。キリスト教プロテスタントの教会員。

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