1970年の第二次ベビーブーム以降、日本国内の婚姻率は減少の一途を辿っています。
また、離婚率も1965年頃から増加に転じ、それ以降も増える一方なのです。
この現状を鑑みて、結婚というシステムが本当に必要なのでしょうか?
人々は結婚というシステムによって、本当に幸せになれるのでしょうか?

今の私は、様々な業種の法人様をお手伝いしたり、多くの個人起業家様を応援したりと、

本当に好きな事だけを生業としながら、恵まれた環境の中で、幸せな人生を謳歌していますが、7年前までは、出口の見えない混沌とした闇の中を、たった独りでさまよい続けていたのです。

当時の私はサラリーマンで、好きでもない仕事をお金のためだけに続け、年収のほとんどを別居中の妻に送っていました。

その行為は、決して私の善行などではなく、今まで家庭を顧みなかった事えの贖罪と、失いつつある家族を何とか取り戻したいという、身勝手な願望のあらわれだったのです。

しかし、自ら望んだその道は、想像していたよりも遥かに険しく、そして苦しい道のりでした。
悪循環の中で日に日に、疲弊していく自分を感じながら、奥歯を噛み締める日々を過ごしていたのです。

そして、前向きな未来を話し合うべき妻とは、お互いの価値観さえ噛み合わず、会うたびに言い争いを繰り返していました。

そんな日々を、2年ほど過ごしたある日、会社の同僚の父親が亡くなったという報せを受け、お葬式に参列する事になったのです。
私の同僚は当時38歳で、亡くなった彼のお父さんは、まだ60代であったと記憶しています。

奥さんを20年前に亡くされており、現在の奥さんとは3年前に再婚されたのだとも聞きました。
しかも、長年の交際の末に、周囲の反対を押し切っての再婚だったそうです。

息子である同僚は、「あの人には、父親を看病するためだけに再婚してもらったみたいで、本当に申し訳ないと思っている。」と言っていたのでした。

そんな裏話を聞いていた私は、お葬式の最中も、苦労の多かったであろう彼女の、短い結婚生活の意味について、ずっと考えていたのです。
そして、破綻した自分の結婚生活の意味についても、同時に深く考えさせられていたのでした。

私が我に返った時、会場は出棺の準備に移っており、ほとんどの弔問客は故人をお見送りするために、正面玄関に集合していたのです。
会場に残されたのは、わずかな弔問客と棺を取り囲んだ親族の方々だけでした。
その時、出棺の準備に取り掛かろうとした斎場関係者をさえぎる様に、奥さんが棺に取り付いたのです。

そして、奥さんは棺に眠る故人の首と背中に優しく手を添えて、故人の上半身をむっくりと起こしました。
そんな光景を見た事もない私達は、驚いて事の成り行きを見守っていたのです。

すると奥さんは、慈しむ様な笑顔を故人に近ずけると、何事か睦み合う様に呟きました。
そして、永遠ともいえる時間、故人の顔を見詰めてから、故人をそっと棺に優しく寝かせたのです。
まるで母親の様に…

その光景を見た私は、いつの間にか涙を流していました。

その光景には、愛が溢れていたのです。

その光景からは、彼女が過ごしたであろう、幸せな3年間が透けて見えていました。
私の失った全てが、そこには溢れていたのです。

私も、こんな幸せな別れ方がしたいと、心の底から渇望しました。

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