ペットショップの憂鬱

日曜日の午前中のことです。
特に何か考えがあったわけではありませんでしたが、気がついたら僕はカインズホームのペットコーナーでプレーリードッグを眺めていました。動物園で穴倉から這い出してスクっと立ち上がってキョロキョロしている、あのプレーリードッグです。

カゴの中のプレーリードッグは、きっと穴を掘りたいのでしょう。寝わらをほじくりカゴの底をガリガリと掻いていました。その姿は動物園で見るような愛らしい感じには見えません。顔は見えまえんでしたが、もしかしたらストレスに歪んでいるかも知れないな、と思いました。

住むべき場所にいない動物はきっとこういう風になるのでしょう。もがいてもがいて適応するか、それともやがて壊れてしまうか。自力で逃れられない場所ならば、どちらを選び、どう生きるのかを問われるのだろうと思います。

ああ、こんなところにも「生きる重さ」と戦っている生き物がいるのだな。何をやっても行き詰まる仕事や、うまく行かない家庭のアレコレを抱えて、もしかしたら僕もこんな風に歪んだ顔をしているのではないかな、などとつまらないことを考えながら、思わず深いため息が出てしまい、そのことで更に気持ちが萎えるのを感じていました。

ペットショップの出会い

ふと、4、5歳位の女の子が隣のカゴを見ているのに気が付きました。チラチラとこちらを見ているので、きっと僕の前のカゴの底板を掻くプレーリードッグが気になるのでしょう。

僕が見ていることに気付いた彼女が、僕の方に顔を向けました。長い髪。黒目の多い大きな瞳。微笑みかけると、とても嬉しそうに笑顔を返してくれました。ハッとするくらいに美しく、心を捉える笑顔でした。

それから少しの間、彼女は僕の隣にいました。一言も交わすわけでもなく、ただ一緒に小さな動物たちを見て回りました。彼女の小さな指先がカゴの隙間からうさぎの毛に触れた瞬間、うさぎがノソリと動き出します。
驚いて手を引っ込めた彼女が、僕を見てもう一度ニコリと笑いました。

僕がボーッとしていたのかも知れませんが、そのすぐ後に彼女はまるで消えるようにいなくなってしまいました。少し探してみたのですが、もうどこにもいませんでした。


あの笑顔。


多分僕はどこかで見たことがあるはずでした。それがどこでだったのか、誰の笑顔だったのかはまったく思い出せなかったのですが、きっとそうだという確信がありました。

諦めがたくて何度も何度もペットコーナーを行ったり来たりしていたのですが、店員のいぶかしげな様子に気が付いて、心を残しながらも店を出ました。

「あの笑顔」の答え

そして駐車場から車を出そうとしている時に、ひとつのことに思い当たりました。


ああそうか。


それは思い出せないはずです。
だって君の笑顔なんて一度も見たことがないのですから。

それは、つい先日サヨナラをしたばかりのセキセイインコ「メロン」でした。

つがいで飼ったのにどうしても一緒の鳥かごでは住めなかった「グレープ」と子供の「おぴ」を先に見送り、そして東日本大震災の不安で神経を病んで歩けなくなってしまったことがある「メロン」でした。そしてそして僕はどんなに辛い時だって、君を近くに感じてさえいればホッと緩むことが出来た「メロン」でした。

きっと僕が何だか難しそうな顔をしていたので”笑顔”をくれに来たのでしょう。君といる時、僕はいつも”笑顔”になれたから。


だけど、今日はさ。


僕の指にとまって首をかしげていた君を思い出して、僕はカインズホームの駐車場をしばらく出発することが出来ませんでした。

エピローグ

メロンが家に来て7年になる。
今はもう床屋さんになってしまったペットショップに、まだ小学生だった長女と次女と一緒に雛のインコを買いに行った。黄色と緑の羽根がとても華やかだったメロンと、水色と紫の羽根のグレープ。帰りの車の中、小さな命の入った箱に耳を寄せて、こぼれそうな笑顔だった二人のことを今も僕は良く覚えている。
それからいろんなことがあった。
仕事を変わり、身体も壊した。もうダメかなと思った夜も一度や二度のことじゃない。お世話になった叔父さんが逝き、大好きだった従兄弟も逝った。
政局は動き、震災もあった。いつの間にか長男は大学生になり、長女も高校生になった。休みの度に遊びに行った次女ももう中学生になり、今は年に数えるほど運転手としてついて行くだけになった。両親も歳をとった。

今回の記事はこのブログ記事の数日後の話です。

人はみんなそれぞれに、色んなことを抱えて生きています。一人だとすぐに音をあげてしまいそうな、そんなことを沢山抱えて生きています。だから誰かと寄り添って、温もりを感じたいと思うのでしょう。

ペットを飼う気持ちも、きっとこの「一人では生きられない」ということに繋がっているかなと思います。心を通じ合えるペットを飼っている人は、それはとても幸せなことだと思います。

この話の少女のことを、僕はきっと「メロン」だったのだろうなと、今でもかなり真面目にそう思っています。

出典 YouTube

在りし日の「メロン」の動画で、最後を締めます。
グッドバイ、メロン。そして、ありがとう。

この記事を書いたユーザー

花咲 未来 このユーザーの他の記事を見る

心にいつも熱い想いが詰まっている「夢多きアラフィフ」です。子育ても給料を運ぶ以外はほぼお役ご免になりましたので、これからの自分はどう生きるかを模索しながら、第二の青春を生きています。『アオハルはいつも間違える』ので、記事には誤字脱字のなりように気をつけます(^^;;

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス