「行こうよ! プロレスの向こう側!」

2004年10月にDDTプロレスリングの別ブランドとして行われる全く新しいスタイルのイベントとして開催された「マッスル」。以後、年に数回開催され、2010年10月にいったん幕を閉じた伝説のプロレス興業です。

しかし、その後も一部で待望論が根強く、2030年10月6日、同じく後楽園ホールで「マッスルハウス11」を開催される予定だそうです。

その興業の特徴は…

「行こうよ! プロレスの向こう側!」というキャッチコピーに象徴されるように、一般的なプロレスという枠をはみ出したところで興行を成立させている点が最大の特徴である。プロレスとしてのファイトを見せるシーンをはさみつつも、「プロレスを考えるプロレス」を題目に掲げたり、鶴見プロデューサーに扮した俳優・今林久弥の存在、更に舞台仕立ての興行(マッスルに参加している俳優・酒井一圭は自身のブログで「プロレスというより舞台」と指摘したこともある)など、他団体からの影響も見せつつも、一味違った演出を持ち味としている。
なお、マッスル坂井は「マッスルの中でも『台本があると言う演出はしても、プロレス業界の隠語は絶対にマッスルでは使わない』『リング上で人が死ぬにしても、プロレスの技や攻防で人が死ぬと言う演出は一切しない』ということを絶対に守っている」と語っている。
興行のクライマックスには「エトピリカ」(葉加瀬太郎)が流れスローモーションで物語が進行していくところはプロレスの演出として非常に特徴的である。日本武道館への進出を大目標としており、「マッスルハウス4」でその旨を明言している。OPテーマはPENPALSの「LONELY DAYS」。

出典 https://ja.wikipedia.org

マッスル坂井は、奇才ぞろいという噂の早稲田大学第二文学部に在籍、映画研究会に所属していた。現在はDDTプロレスに所属し、初めて会場でプロレスを見るお客さんにも分かるよう流れを見せる映像の編集も担当している。その坂井が団体内団体として旗揚げしたのが「マッスル」なのだ。
座組は、脚本・演出・出演の坂井を中心に、総合演出という役柄の鶴見亜門(双数姉妹・今林久弥)、おしゃべりマシンのアントーニオ本多(ナトリ本式など)、謎の中国人レスラー・趙雲子龍、昼間は保険会社の営業マンであるカポエラの達人・ペドロ高石、“舞台監督”男色ディーノ、そして映像会社の社員でいいように虐待されるメガネこと藤岡典一がおよそのレギュラーメンバー。ここに岩手県議会時代のザ・グレート・サスケ、闘うムービースター・AKIRA、日本一性格の悪い男と評される元三冠ヘビー級チャンピオン・鈴木みのるといったスター、素性が謎だらけのプロレスラーが絡んでくる。

出典 http://www.theaterguide.co.jp

プロレスラー・マッスル主宰「マッスル坂井 インタビュー」 シアターガイド

代表的な興業内容とは…

プロレス雑誌の創刊号締め切りのために、記者が試合結果を先にノートに書き込むと、みなそのノートの内容通りに選手が敗れ、亡くなっていく……(05年10月 マッスルハウス)。

後楽園ホールは実は笑点の収録会場でもある。その日、実はマッスルと笑点のスケジュールがバッティング、しかも笑点の出演者全員が謎の死を遂げてしまったため急遽マッスル戦士たちが大喜利に挑戦することになり……(07年1月 マッスルハウス3)。

プロレス界は視聴率低迷。その打開策として、ミキティ、まおちゃん人気で話題のフィギュアスケート方式を導入。テーマ曲に合わせて試合を行い、それを採点することになるが……(07年5月 マッスルハウス4)。

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プロレスラー・マッスル主宰「マッスル坂井 インタビュー」 シアターガイド

斬新なプロレスイベント「マッスル」主宰はあの男!

このイベントの主宰は、当時20代のマッスル坂井選手。
プロレスラーでありながら、映像班を兼任していました。

彼は大学時代からシネマ研究会に在籍しプロレスのドキュメンタリーを撮るために、プロレスラーへの道を志した異端児です。

「マッスル」の凄さ

「プロレスの向こう側行こうぜ」をキャッチフレーズにスタートしたマッスル。彼らがすごいのは公然と“脚本・演出”を持ち込んでしまったこと。ラストに流すタイトルロールに“脚本・演出”をクレジットしたり、実際に総合演出家という役回りが登場して選手たちを振り回すし、舞台裏まで見せた映像でリング上との人間関係や物語を際立たせているし、劇的シーンではスローモーションになり(観客もスローモーションで呼応するノリのよさ)、ストップモーションで心のつぶやきを聞かせたり、紙吹雪まで舞う。
下北沢のタウンホールで産声を上げ、すでに数回、格闘技の聖地・後楽園ホールにも進出。最近ではプロレス団体のなかでもここを満員にできるところは少なくなってきた。にも関わらず、「マッスル」は販売開始直後にチケットが完売するという人気ぶりだ。

出典 http://www.theaterguide.co.jp

プロレスラー・マッスル主宰「マッスル坂井 インタビュー」 シアターガイド

マッスル、と言えばスローモーションです。試合のクライマックスに差し掛かると葉加瀬太郎氏の「エトピリカ」が流れて、選手の動きがゆっくりしたスピードになります。喋りも口パクです。口の動きと表情で伝える、というのも表現の方法です。
本当に凄い試合、というのはファンの目にはまるでスローモーションのように見えるものなのですが、なんせ実力が不足していますので、自らスロー再生で動きます。
マッスルでも大きな大会になると、大枚をはたいて呼んだ大物選手と試合を行うのですが、その大物選手がマッスルの世界観に付き合ってくれると、とても嬉しく感じたものです。そんなファンたちは興奮して異口同音に叫びました。
「坂井の世界観がメジャーに通じた!」と。
他にもリング上で仮装大賞や大喜利やフィギュアスケート(のような演技)、あるときには観客全員を巻き込んで選手にどっきりを仕掛けたり、普通ではない演出で私たちを楽しませてくれました。


公演の度に、坂井選手はアイディアが出ず、ギリギリまで追い込まれていたようです。演劇形式をとっていたので、公演前にはマッスルに関わる人全員で数日間の合同練習をしていたそうですが、それも台本が仕上がってこないことにはできません。
一般的に舞台の仕事は本番以外のギャランティーは発生しません。ノーギャラです。それぞれに仕事がある出演者やスタッフの日程を予め抑えてあるのに、アイディアが降りてこない。……そんな状況は考えたくもないです。


前回を超えるものを見せてくれるものだ、という期待は回を追うごとに増していったので、坂井選手のプレッシャーは相当のものだったようです。観客の期待を裏切るような演出をしてしまったら、もう次はないかもしれませんから。
でも坂井選手は毎回、伏線であることすら観客は気付かない突拍子もないような演出が最後には全て回収される、大逆転のホームランのような素敵なものを見せてくれました。
笑って、泣いて、明日からまた頑張ろう! と思わせてくれました。

出典 http://harunorei.net

マッスル坂井~めちゃイケの向こう側にいたなんて! オトナモテラボ

今回は、マッスル主宰のマッスル坂井選手について取り上げます。

彼の「マッスル」に関連した発言をまとめてみました。

マッスル坂井が考える「マッスル」とは…

その時その時に自分の中にあるものをやっているだけ

僕はプロレスというのはスポーツのドラマティックな、感動する部分を極端に肥大化させたもので、ものすごくサイコロジカルだと思っているんです。一流のレスラーの試合というのは、観客の心を手に取るようにつかんで試合を組み立てていますから。それができないから、せりふや映像を使っているわけで。僕がプロレスにこだわっている以上、同じことでは一流レスラーを超えられませんからね。当初はいろんな方面からお叱りは受けましたけど(苦笑)。
(中略)
人気が出て来てプレッシャーもありますけど、結局はその時その時に自分の中にあるものをやってるだけなんです。やりたいことなんですよ。

出典 http://www.theaterguide.co.jp

プロレスラー・マッスル主宰「マッスル坂井 インタビュー」 シアターガイド

世界はプロレスでできている

実験ばかりやっているので受け入れられるかはヒヤヒヤなんです。笑いを入れることで、受け入れてもらえたかどうか確認できるんですよ。仮装大賞をプロレスと言ってやったり、笑点をプロレスと言ってやったりしてますけど、プロレスだって言い切れるのは、プロレスラーが与えられた困難な状況をどうプロレスラーとしてプロレス的に乗り越えるかを見せているから。それが結果的にプロレスらしいプロレスになるかどうかの違いです。どうなるか観客をドキドキさせるのがエンターテインメントの基本じゃないですか。僕らがいろいろやっていく中で、政治も、経済も、宗教も、歴史も、テレビも、もちろん演劇もふくめてとにかく世界はプロレスでできていると証明できたら面白いですね。だれかに演出されているわけですから。

出典 http://www.theaterguide.co.jp

プロレスラー・マッスル主宰「マッスル坂井 インタビュー」 シアターガイド

あのスローモーションが生まれた背景

スローモーションは、従来のプロレスでも悪役同士の試合でおちゃらけるシーンとしてはあったんです。
でも、たとえば全日本プロレスのメインイベントなんかだと、高度な技の応酬がスローモーションに見えることがあるんです。
相手の必殺技をカウント3ぎりぎりで返して立ち上がるときなんか、技をかけたほうも、かかったほうの姿もスローモーションで見える。三沢さんと川田さんの試合だったら、そこに足利工業高校レスリング部時代からの上下関係とか葛藤が見えたりする(笑)。レスラーの過去が背中越しに垣間みえるわけです。
でも、僕らは一流のプロレスラーではなく、四流、五流だからそれはできない。そういう僕らが興行をやったら、それなりの客入りで、それなりの手応えはあるし、確かに需要はあるんです。でも、お客さんにチケットを買ってもらっているのだから、少しでも満足してほしい。「この程度しかできません」といって、ダメなものやグダグダなところだけを見て楽しんでもらうのは嫌なんです。四流、五流でも徹底的に満足させたい。試合だけで魅せられないなら、映像で楽しんでもらえばいいんじゃないかと考えたわけです。
プロレスが下手なら、プロレスができないという前提で展開すればいい。「プロレスラーを目指す集団」というコンセプトでやればいい。そういうふうに考える中で、スローモーションなどのアイデアが出てきました。それで笑えてかつ感動してくれるならいいなと思っています。

出典 http://www.mammo.tv

#213 一流のプロレスラーになれなくても、極上のファンタジーは提供できる 
mammo.tv インタビュー

プロレス業界で成功した人は周囲の言うことを聞いてこなかった人が多い

スローモーションをやったり、いろいろと既存のプロレスではやってはいけないことをしていますが、だいたいプロレス業界でサクセスしてきた人は、周囲の言うことを聞いてこなかった人が多い。有刺鉄線や凶器を使った過剰な演出も、その人たちの先輩達からはプロレスじゃないって言われていたはずなんです。
僕らのやっていることは、ゆるいと思われるかもしれない。プロレスが冗談で芝居だと思うかもしれない。でも、プロレスを演劇的に見せる方法がなかっただけの話で、僕らの活動がずっと続いていくことで認められていくだろうし、そうなることが大事かなといまは思っています。

出典 http://www.mammo.tv

#213 一流のプロレスラーになれなくても、極上のファンタジーは提供できる 
mammo.tv インタビュー

「絶対に笑ってはいけないプロレス最終興行」

そんな坂井選手は人気があるにも関わらず、2010年10月6日に実家の家業を継ぐためプロレスラーを引退することになり、「マッスルハウス10 負けるから即引退させてくれSP」が後楽園ホールにて開催されました。

引退興行の内容は「絶対に笑ってはいけないプロレス最終興行」でした。

プロレス界が生んだ鬼才の一人、マッスル坂井の引退興行へ行ってきた。
「プロレスは台本のあるショーだが、皆がそうではないという演技をしている」という一般的な認識に対し、
「「プロレスは台本、演出、演技ありき」という前提の下なら、どこまで「プロレス」の枠は広がるのか?」を問うのがマッスル。
そういう意味では、この興行自体が主宰であるマッスル坂井の引退試合なのである。

坂井が僕等に提示した最後のコンテンツは「絶対に笑ってはいけないプロレス最終興行」だった。
正直、企画にひねりはない。
ただし、ダウンタウンが綿々と積み上げて来ている「絶対に笑ってはいけないシリーズ」同様のクオリティを要求される。

出典 http://d.hatena.ne.jp

マッスルハウス10 ~マッスル坂井、負けるから即引退させてくれSP~ kobas-station2

とりあえずネタの中心は、NOAHを追い出されてしまった大ベテラン、「火の玉小僧」菊地毅である。
誰かが「菊地は荒く使うべきです!」と主張したせい?か、往年は"怪物"ジャンボ鶴田に毎度ボコボコにされても向かっていく係を務めており、
今やどことなくろれつが回らない感じになっているのだが、会場で募金活動をしたりと好人物として知られる。
そんな菊地さんを中心に据えて天丼を繰り返す。

最初は坂井との対戦に破れ引退し、翌日復帰を表明した高木三四郎復帰戦の対戦相手だった。
そこから中国4000年の歴史を持つ新北京プロレスが解散したり、趙雲子龍が引退したり、何故か趙雲に送られたビデオレターに菊地さんが映っていたり、
マスクマンのMr.マジックが途中から二代目に入れ替わっていた(たぶんキン肉マンネタ)ことが判明したりと色々あり、
最後は「所属レスラー引退ランブル」に「究極Mr.マジック」として菊地さんが登場し、
「メイドレスラー」佐藤光留にマスクを奪い取られ、彼がかぶっていたストッキングをマスク代わりに対戦するという超展開。

複雑な感もあるが、NOAH時代は誰もがお手上げ状態だった菊地毅をここまで輝かせたのは単純にすごい。
結局のところは、どう演出すればよいか、どこまで演出すればよいかの幅がマッスルにおいては非常に広かった。
そして臆面もなくコンテンツとして提供した。それが菊地さんを輝かせた。
誰でも出来るように思うことだが、菊地さんの扱い一つを取っても非凡な事であると僕は思う。

出典 http://d.hatena.ne.jp

マッスルハウス10 ~マッスル坂井、負けるから即引退させてくれSP~ kobas-station2

後半戦は打って変わって、坂井と付き合いの長い?5名との「ガチのプロレスのスパーリング」。
アントーニオ本多(坂井負け)ヤス・ウラノ(坂井負け)ペドロ高石(坂井勝利)"黒天使"沼澤邪鬼(坂井負け)趙雲子龍(坂井勝利)いずれも短時間で決着がつく、一般的なプロレスのセオリーからは外れた戦い。
いわゆる「リアルファイト」だったのではないかと思われる。
もちろん皆プロレスラーだから、自然とロックアップはするし、沼澤はわざわざパイプ椅子まで持ち出したし、
アントンと坂井の対戦中にはいきなり二人で歌いはじめたり、そんなことはするが、
基本的にこれは「ただひたすらに、3カウントフォールまたは相手のギブアップを求め合う」そんな戦いだった。
今まで「プロレスの向こう側」を追い求めてきた坂井が、
最後に望んだのは「プロレスの内側に秘められたもの」を生々しく描き出すことだったのかもしれない。

見る見るうちに坂井はヘトヘトになり、五人がけを終えてリングに大の字となりながら、
「最後にもう一人、戦わなければならない、勝たなければならない相手がいる」
と坂井は言った。
坂井の後方から素早く登場し、青コーナーを背にして立ったのは「ドラマチック三銃士」の盟友である男色ディーノ。
さながら外伝に描かれた「キン肉マンvsテリーマン」を思わせる光景である。

「キン肉マン」外伝ではついに両者はシングルで戦わぬまま終わりを迎えたが、
この戦いは坂井の敗北に終わった。
現実は非情である一方、時として物語以上にドラマチックだ。
メインイベント
引き続くささやかな引退セレモニーの最後に、かつて「マッスルハウス4」で戦った鈴木みのるからのビデオレターが届いた。
「マッスルといえばスローモーション」というお約束に最後まで付き合わず、坂井をプロレスに向き合わせ、
そのくせ最後は美味しいところを持っていった「世界一性格の悪い男」である。

ビデオ越しにみのるは語る。
「どうせ辞めちまうんだから、最後にもう一試合やってけや。」
そして後楽園ホールに流れる「風になれ」(中村あゆみ)。
これが正真正銘マッスル坂井最後の試合、本日のメインイベントだ。

試合は途中から「エトピリカ」(葉加瀬太郎)がかかり、スローモーションになる。
マッスル坂井が四天王プロレスを見ながら感じていた「フィニッシュに近づくにつれ、時の流れが遅くなるような感覚」を
端的に表現した、マッスルを象徴するムーヴである。
今度は、鈴木みのるもスローモーションに乗ってきた。
「お前のすべてをぶつけてこい!」
モニターに流れる鈴木みのるのメッセージ。
「この場を借りて報告するのも難ですが、私マッスル坂井は、入籍しました。子供も授かりました。」
「だから絶対、負ける訳にはいかないんだ!」

スローモーションのまま、スタンプの打ち合い*1から、坂井はみのるに対してバーディクトをしかける。
持ち上げられたみのるはそのまま背中の方向へ抜けだし、再びモノローグ。
「坂井、お前は一流じゃなかったけど、ちゃんとプロレスラーだったよ。
 奥さんと子供、大事にしろよ。
 生まれてくる子供が俺にそっくりでも、まあ、気にすんな♪」

「ちょ、何すか今の!」

試合はスリーパーホールドから、ゴッチ式パイルドライバーで鈴木みのるの勝利。

出典 http://d.hatena.ne.jp

マッスルハウス10 ~マッスル坂井、負けるから即引退させてくれSP~ kobas-station2

物語の終わりに
マッスルには夢があった。武道館大会の開催だ。
前述の「マッスルハウス4」の頃、後楽園ホールは超満員札止め(現在のプロレス界では珍しいことになっている)であり、
テレビ埼玉で番組の放送も決まっていた。
当時はDDTの両国大会さえ実現しておらず、一インディ団体の一ブランドが目指す夢としては大きすぎるものだったが、
現実になってもおかしくないと思わせるものがそこにはあった。

だがそれから、プロデューサーでもある坂井自身が行き詰まりを露呈するようになり、
二年前「マッスルハウス8」の終わりにはリング上で坂井を吊るし上げる事態に発展した。
当然に武道館という夢は遠のき、遠のいたまま坂井は実家の金型工場を継ぐ事になった。

「皆さん、僕から提案するのも何なんですが・・・
 結婚して、子供を作ってください。
 今いる人数が3倍、4倍になって、その増えた人数で、
 20年後、武道館大会をやりましょう!」

約束の空手形として、来場者には当面、2030年に開催される「マッスルハウス11」のチケットが配布された。
丁寧に席番まで打たれている念の入り用だ。

少しまえに「たま」が「FCツアーでの「10年後にライブをする」という約束を果たす」といって再結成ライブをしたが、
それと同じように20年後、再びマッスルという物語を見ることができるのだろうか。
今はまだ、分からない。

分かっていることが2つある。
マッスルは最後の最後にまたプロレスの向こう側へ、かつてない速さで飛び去っていったということ。
もう1つ。
未来は僕等の手の中だ。

終わりのないのが、終わり。

出典 http://d.hatena.ne.jp

マッスルハウス10 ~マッスル坂井、負けるから即引退させてくれSP~ kobas-station2

最終興業にも関わらず、終わりを提示するよりも明るい未来を提示した素晴らしい"最終興業"でした。

帰ってきたマッスル坂井

その後はレスラーとして表舞台に上がることはなかったが、2012年2月19日のDDT後楽園大会では「マッスルの亡霊」役で1年半ぶりにリングに登場、その後8月12日の武道館ピーターパンのマッスル提供ダークマッチ、マッスルハウス10.5に出場し限定復帰を果たした。この出場に備えて地元を拠点とする新潟プロレスにて練習を行っており、7月28日にはレフェリーとして新潟プロレスに出場している。
2013年現在、金型工場では専務職にあること、新潟大学大学院の技術経営研究科に入学したこと、新潟プロレスにマスクマン(後述)として出場したことを明かしている[2]。また、引退後は顔を隠してDDT後楽園大会に通っていたことを仄めかした。
2014年8月17日、DDT両国大会にて男色ディーノの指名を受けて限定復帰し、ディーノの持つDDTエクストリーム選手権に「インポータントサムシング時限爆破デスマッチ」で挑むが、敗れた。試合後、DDTの映画進出第1号作品で総監督を務めることも発表された。

出典 https://ja.wikipedia.org

マッスル坂井の化身?スーパー・ササダンゴ・マシン

スーパー・ササダンゴ・マシンは、新潟プロレスに所属するマスクマン。由来は新潟名物笹団子とスーパー・ストロング・マシンをかけたもので、マスク及びコスチュームも笹団子の色である緑が基調である。また新潟と言えば笹団子と金型工場と言っている。
DDTではなにかしらの理由で頻繁にマスクを脱いでおり、また選手及び関係者も「坂井」と呼ぶことがあるので正体がバレバレになっている。

2012年10月21日、「新潟プロレス in 山王苑」大会にてvs ときのひな戦でデビュー。2013年3月3日、新潟プロレス道場マッチにて新潟無差別級王者シマ重野と初シングル。2013年7月15日、DDT新潟市鳥屋野総合体育館大会に怪覆面MSとして現れるも、マスクを剥がされてしまう。新潟出身のDJニラと組み高木三四郎&飯伏幸太組と対戦し、ニラの脚延髄のアシストから高木にバーディクトでフォールする。
2013年10月2日、「DDT48総選挙」で9位に入った。
2014年1月3日、HARASHIMAの持つDDT EXTREME級選手権に「新春プロレスかるたデスマッチ」ルールで挑むも敗北した。
2014年3月21日、DDT後楽園ホール大会での「いつでもどこでも挑戦権ロイヤルランブル」に参加、DJニラに自身のマスクをかぶせ視界を失わせるという攻撃を行い権利書を獲得、以降行使するまで奪われること無く保有し続ける。
2014年5月18日、ユニオンプロレス後楽園大会「ゴールデンユニオン」にて竜剛馬が持つ世界アイポケ級選手権にNO-DQ Only 「SAY YES」デスマッチ(当時渦中にあったCHAGE and ASKAのヒット曲「SAY YES」サビの締めである「SAY YES」を相手に歌わせた方が勝ち)で挑み、勝利。ササダンゴ曰く「アメリカ南部ではだいぶやられている試合」とのこと。以後アイデアポケットとの提携が終了したため世界アイポケ級選手権は封印状態にあるものの、ササダンゴは入場時にアイポケ級のベルトを巻き続けている。
2014年6月29日、DDT後楽園ホール大会にてKO-D無差別級王者(当時)HARASHIMAの試合後に突如登場。本部席からPowerPointを使用し「自己紹介・挑戦理由・勝利方法」等を次々にプレゼンした上で、保有していた「いつでもどこでも挑戦権」を行使。マッスル坂井時代から通じて初のKO-D王座挑戦も敗北。
8月23日、新潟プロレスデンカビッグスワンスタジアム大会にて保坂秀樹が持つ新潟無差別級選手権に挑戦するも敗れる。
2015年2月15日、全身白のコスチュームで桜庭和志と対戦し、バナナの皮を使って桜庭を滑らせるもののあえなく敗れた。
3月29日、男色ディーノとのタッグでKO-Dタッグ王座に挑戦し妖怪子泣き爺になったり頭を丸めたりするもあえなく敗れた。
6月12日、芸能活動に関して松竹芸能所属(文化人枠)になることが発表された。
8月限りで新潟プロレスを卒業し、「DDT準所属」という名目でフリーランスに転じることになった。

出典 https://ja.wikipedia.org

最後になりますが、今年のDDT総選挙・演説放送で、スーパー・ササダンゴ・マシン選手はもし自身が所属している#大家帝国がユニット部門で一位を獲得した暁には、#大家帝国の自主興行ではなく、しれっと「マッスル」を復活させたいと明言しております。

あの最終興業から5年。
今の時代を「マッスル」がどのように切り取り、どのように表現するのか?
実に興味があるところです。

「マッスル」とは主宰であるマッスル坂井選手の頭脳そのものだったです。

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