みなさん、Twitter、楽しんでいますか?筆者はどうも苦手意識が強くていまいち活用できてはいないのですが、情報収集、情報発信、腹の中の掃き溜め、などにそれなりに使ってみたりはしているわけなんですが、超合理主義者である筆者にはやはりとても不便でもどかしいサービスなんですが、もちろん制約の中での最大の表現と仕様を楽しむサービスであることは理解しています。その上で、Twitterのその不便さは時々問題を引き起こしてきましたよね、というお話を。

ホリエモンこと堀江貴文氏の障害者差別問題が話題、というかバッシング対象になったりましたが、筆者はこの一連のツイート、リアルタイムで追っていたんですが、「おや?なんだか雲行きが怪しいぞ?」と思っておりました。なんか会話が噛み合ってないような違和感が...
まあ、その時はそれで流したんですが、翌日のネットではホリエモンが障害者差別をした!なんてことになっておりました。

悪意のあるタイトルでホリエモンが血も涙もない差別主義者に!(笑)

Twitter上でも非難轟々...

あ、ちなみになんですが、筆者はホリエモンが大好きです。ライブドア全盛期、新進気鋭の若手実業家として一躍有名になったあの頃の堀江氏が、筆者が起業したきっかけの一つでした。また、ドライで合理的な物の考え方の中に見え隠れする人間臭さ、いつまでもベンチャー志向を感じるスタンス、誤解されやすく悪役にされがちなキャラクター、なんだか自分を重ねて勝手に仲間意識を持ってしまうんですよね。規模やキャリアは天地なので怒られそうですが(笑)
まあそんなホモーな話は置いておいてですね。
正直、ビックリしましたよ。スタートから全部読めば「そもそも途中からフォロワー側の論点がズレてる」ってことが解るはず。

で、Twitterの落とし穴は筆者が今言った「解るはず」って部分にあるんです。

ホリエモン障害者差別発言の検証

著名人や同業種実業家の見解は...

「悪意ある捏造」という言葉はそれ自体が主観的な捏造になり得る場合があるのでどうかとは思いますが...。どちらかというと「悪意の無い"解釈"」だと僕は思っています。

関係無いですが的を得るって言葉使うの勇気いりません?的を射るが正しいという認識も根強くて結局どっちなんだよ!って迷うんですが僕は的を得る派です。(また脱線)

区別を罪悪感由来の薄っぺらい博愛主義もどきで考えるから差別が生まれる

これは直接Twitterどうこうとは無関係な話なのでまた別記事に起こしますが、少しだけね、言わせてください。
区別はね、別に悪いことじゃないんですよ。そこに罪悪感を持つから潜在的な差別が生まれるわけです。その罪悪感が過剰な保護精神となり、対外的な「保護すべき弱者」としての対象認知を促すわけですよね。自ら差別し、弱者を創りだし、差別という被害の土壌を創り出しておいて「弱者だから」「弱者のくせに」という社会的接触を「差別」だと嫌悪する。なぜ嫌悪するのか?自身が潜在的差別主義者で潜在的罪悪感を持っているからです。自身に対して潜在的に嫌悪感があるからです。
勘違いしないでほしいのは、それが悪だと言っているのではありません。(悪意のある差別は別として)僕も同じく、ですし、それぐらいデリケートで答えを出すには難しいテーマですよね。

知的障害者施設の人達が公園の清掃作業や除草作業をしている光景を見かけます。「ああいう人達でも仕事頑張ってるんだなー」「お、結構重そうなの運んでるけど大丈夫かな?」なんて微笑ましく見ているわけですが、言い換えれば「社会的に能力や体力が劣るのに能力なりに頑張ってるじゃないかえらいえらい」ってことですよね。”なんて傲慢で上から目線でクソッタレな差別主義者なんだ俺は!"なんて自己嫌悪することもしばしば。そして、その自己嫌悪すらも罪悪感由来の差別なんですよね。
でもね、やっぱり現実は現実なので、区別として割り切らなければいけないんですよ。そういう社会風潮は必要だと思っています。(冷たくしようとかそういうことではないですよ?)

お年寄りと子供、男と女、力持ちともやしっ子、健常者と障害者、やっぱり違いますもんね。
区別として割り切った上の現実論として、子供は弱者として大人が守らなければいけない、障害者は能力的に不利なので社会保護が必要、という必然性に行き着くのではないでしょうか。
などと話を進めると雇用機会均等法や障害者雇用促進法などに話が及びますのでまた機会をあらためますね。

落とし穴は双方が無自覚に掘っている

本題に戻ります。(また脱線)
ここまで読んでいただいて、どちらかと言えばホリモンの味方寄り、な記事に見えますでしょうか?いいえ、そんなことはないですよー リスペクトが=無条件で味方 なんて死ぬほどナンセンスです。もちろん僕の認識次第なのでとりあえず今回は、ですが、堀江氏にも問題はあると思っています。というか、多くの、とりわけ識者や著名人と言われる方々にも共通する特徴ですが。

読解力に個人差があることを認識して書くべき
だということです。

今回のことにしてもですよ?ホリエモンの言い分はホリエモンが一番解っている。(当たり前ですが)。ホリエモンってね、頭キレますよね?少なくともそこらの有象無象より。じゃないとあれだけ大きな事業はできないしここまでの信者?や求心力を得るのは無理。それが知能指数なのか経験などからくるものなのかはどうでもいいんですが、頭がキレることは間違いない。
そんな人がね、「自分はこう考えている」という思考の最終圧縮をポンッ♡と出したところで、その意図を必ずしも一般人が読解できるとは限らないわけです。これも頭が良い悪いじゃなく、個人の性質や読解力の方向性にもよりますよね。
でも、140文字という制約のあるTwitterでいちいち事細かに説明なんてやってられないわけです。ここはもう自分の伝言力と相手の読解力の駆け引きしかないですが(笑)
そういうことも認識した上で、話が怪しい方向に行った場合に限っては相手の論点がズレてるということ、自分の言い分の意図、を解りやすく伝えて修正してあげる必要があるんじゃないのかな、と思います。
必要がある、というのはあくまで自分に置き換えた場合ですけどね。ホリエモンがそこまでやるつもりねーよ、ってのは本人の勝手だし、それで差別主義者だ!なんて言われてもどうでもいいならそれでいいんだけど、やっぱり会話に取り組んだ以上は建設的であってほしいし、余計な誤解はないに越したことはないわけで。

で、Twitterの落とし穴って、前述した通り、「解るはず」という盲目的な認識にあると思うんです。ホリエモンもそうだし、相手もそう。自分の意図が伝わっているはず、自分は理解できているはず、という無意識な自信でのやり取りになってるんですよね。これはそれを外から見ている第三者も同じくです。僕が言った「解るはず」ってのはあくまで主観的なものにすぎない。当事者や他者が同じく解るとは限らないのに、無意識に決めつけて温度差や認識のズレが生じる。これはディベートなどでもよく見受けられるものです。
しかしね、Twitterはたかだか140文字ですよ?それで伝えるには相当な文章力が必要ですし、その相当な文章力で構成されたものを読み解く読解力もかなりのレベルが必要という一体何と戦って何になりたいんだ状態です。

だから、いくつもに分ける必要性が出てくるわけですよね。

分割ツイートが起こす切り取り解釈

ツイートを分割すると、読む側からすればリアルタイムに目に止まったツイートがまず入り口ですよね。例えば文頭が「したがって」「そこで私が思うのは」などの接続詞であれば「続き」と認識できるのでその人のページに飛んで話の頭を探すきっかけになるんだけど、1話完結と見なせる文章だと、そのツイートが≒発言の全てと解釈されてしまうこともしばしば。
そこらへんを理解して例えば文頭に(続き)と入れるなど、誤解を回避する方法を取るのも題にある使用者リテラシーだと考えます。

堀江氏の騒動は会話での流れでのことなの文頭どうこうは今回は違うかもしれませんが、それを読む側もそうです。例えば「生産性が低い奴は働くな」という一文だけを読んで条件反射せず、まず成り行きを把握する必要があります。これも、使用者リテラシーです。この発言は市場効率化においては正しいのは理解するし、結局は障害者どうこうではなく適材適所の話の一部だと思うんですよね。そして適所がないなら無理にねじ込むんじゃなく別の方法を考えましょうよ、ってことだと思います。(思います、が多いですが、僕はホリエモン本人じゃないので断言的に言い切ることは出来ません。サーゼン)

ただこういった少々ショッキングな言葉は多くの反感を買っていらぬ誤解や読解の放棄を生む、ということを自覚する必要があります。
相手の読解力に依存するのではなく、多くの人は自分ほど理路整然とはしていないし割りきれてもいないし認識力も読解力もない、ぐらいの前提で会話しないとダメです。

って言ってしまってはダメなんですよ。 まずもって「頭の悪い読解力のない奴が勘違いする」という前提でないと。
これは決して読み手をバカにしているんではありません。あくまで識者だったり一般人とは隔絶したキャリアや生活を持っている人間との差、という意味です。読解力のない云々、にはこの場合筆者も含まれます。今回、偉そうに「こういうことでしょ?」みたいなスタンスで説明していますが、本当に読解できているかどうかは結局ホリエモンにしか解らないことなので。

切り取り解釈で起こった騒動の例

これなんて如実ですよね。
まさに一文、1ツイートに対しての条件反射と過剰反応が招いた騒動でした。ただ、彼のその後のコメントなどを見ると自分の解釈は拡大解釈であったと思います(笑)修正はしません。その時の自分はそう解釈したし、それがズレていることに気づかずに元気よく書いちゃうんだよ、という例にもなりますから(笑)ただ、重要なのはそこではなくて、疑問に思ったらまず疑問の発端や成り行きを探す、一元的な解釈はしない、ということだと思います。

これも、リアルタイムで追っていましたがやはり途中のツイートに対して斜め上なツッコミ入っていましたよね。
BLOGOSのFBページでコメント欄でも様々な意見が飛び交いましたがやはりタイトルしか読んでないんじゃねーの?って意見が大半でした。それに対して

なんて書いてるんですが解りやすく説明しようとしてこれもズレちゃってます。が、全文ちゃんと目を通した上での僕の解釈です。少なくとも、"読解しようとする姿勢で読んで考えれば"タイトルから受ける印象そのまんまの解釈にはならないはずです。
まあ、現実論だけでなく橋本さんの思想的な部分も見え隠れはするので、現実論として正論に思想を上手く混ぜて整合性を取ったなーって思わなくもないですが、これも本音は本人にしかわからないのでね。あくまでも論旨を前提に解釈すればこうだよね、ってことにしておきます。

Twitterの落とし穴を埋めるのは使用者リテラシー次第であるということ

発信する側も、受け取る側も、自分のリテラシーを高めることで埋められる穴がありますよ、なんて言いながら、特にTwitterなんてものは基本的にはライトでカジュアルなツール、言ってしまえば遊び、おもちゃなんですよね。そんなものにいちいち「リテラシー(キリッ)」とかなかなか難しいですけどね(笑)けれど、せめてセンシティブな話題や発言に言及する時はお互いもっと慎重になるべきだよね、ってお話でした。

あと、正論は≒社会的正義とは限らないってことも付け加えておきます。正しさや真実って、残酷で痛いんです。だからキレイ事で覆い隠すんですね。そこから目を背けることを正当化するために。汚いものも、同じくキレイ事で覆い隠す。世の中はそうやって成立しているし、もしかしたら正論と社会的正義は対局にあるのかもしれないですね。そんな話も、今度書いてみます。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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2015年9月に関西から沖縄へ移住し、プロブロガー、日刊オレラ編集長などをしながらゆるい日々を送っています。楽しんでもらえる記事、考えてもらえる記事を書いていこうと思いますのでよろしくお願いいたします!
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