2012年の4月に事件は起こった。イギリスの第二の都市といわれるバーミンガム在住のルーシー・ロートンは、その日の朝もいつもと変わりないように思えた。

2歳半になる娘グレースと1歳半の息子ジョージの顔を見ていたルーシーは、いつになくこの二人の子供達が美しく感じ、写真を一生懸命撮っていてもう少しで出発に遅れるところだった。

外は雨が降っていた

出典 http://www.gettyimages.co.jp

10時半に家を出たルーシーと子供二人。ルーシーは子育てをしながら、バーミンガム大学で勉強していた。講義に出る前に、二人の子供を保育所に預けるのが日課となっていた。

車に乗って舗道へと出た。「小雨で視界が少しぼやけるな」そう思った瞬間、目の前に背の高い大きい男の姿が見えた。

一瞬、ルーシーは「この人、何か聞きたいのかしら」と思ったという。そして車の窓を下げた。すると男は素早く車のドアを開けたのだ。びっくりして車をロックしようとしたが遅かった。

ルーシーは後部座席の子供達を見た。そうすることで、ひょっとしてこの男の気が変わるかも知れないと思ったのだ。しかし、男はルーシーに言った。「車を降りろ。」

男の言葉で固まったルーシー

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「今、何て言ったの?降りろって?私だけ!?」ルーシーは恐怖で固まった。子供達を置いてそんなことできるわけがない!しかし、男に逆らうのは危険な気がした。どうすればいいかわからず、ただ、ハンドルを握りしめていた。

すると男はルーシーの顔の前に腕を出し、袖口に何か隠している素振りを見せた。「もしかして銃を持ってるの!?」ルーシーはパニックになった。

男は子供達二人を連れ去った

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「車から降りろ!」そう叫んだ男はルーシーを車から引きずり下ろした。足がもつれて舗道に転がった。男が車に乗り込んだ。ルーシーは車内の子供達を助けようとドアに手をかけたが車が発進。子供二人が男に連れ去られてしまった。

ショックと恐怖のあまり、警察に連絡しなければと気付いたのは数分後のことだった。しかし、バッグも家の鍵も車の中だった。ふと電話をポケットに入れていたことを思い出し、慌てて通報した。

「子供達が誘拐されたんです!!」そう説明していた時、誰かがルーシーの腕に触れた。「警察です。」そして数人の警官がルーシーの前に現れたのだ。

男は近くの店で強盗を働き、店から通報を受けた警官が男を探していたという。男がナイフを所持していると警察から聞いたルーシーは、目の前が真っ暗になった。

上空には警察のヘリコプター、地上には犬を配備

出典 http://www.birminghammail.co.uk

ヘリコプターが上空を舞う音を聞きながら、ルーシーは警官の「男は車でただ逃げたかっただけで、子供は恐らく傷つけないだろう。」という何の根拠もない説得を聞いていた。警官は、励ましのつもりで言ったのだろう。しかしそんなことを言われて、ルーシーの気分が良くなるはずがなかった。

女性警官に支えられ座っていたが、子供のことを考えると震えが止まらなかった。警察の無線に「男が荒っぽい運転をしている」というメッセージが流れたのを耳にして、ますます恐怖を感じた。

「もし車が事故にでもあったら!?」最悪な気分のまま40分の時間が過ぎた。

「1時間ちょっとの時間が何週間にも感じたわ。」

出典 http://www.gettyimages.co.jp

次の無線で、男が車を乗り捨てたと連絡が入った。そして二人の子供の無事を確認ができ、20分後に子供達に会うことができたルーシー。パニックになり、恐怖で震えと涙が止まらなかったが、子供達の前では涙を抑えた。

「子供達に、何度も何度もハグしてキスをしたわ。パトカーの中ってどんなふうだった?って聞いたりして明るく接しようとしたの。」

「今は随分マシになったけど、でもトラウマになったわ。」

出典 http://www.theguardian.com

1歳半のジョージは、この出来事を理解するには幼な過ぎたが、グレースは暫くの間、静かだったという。2歳半と幼いなりにも、ショックが大きかったのかも知れない。ルーシー自身も、これがきっかけで被害妄想を抱くようになった。

「周りの人がみんな武器を持ってるんじゃないかって。家も狙われてるんじゃないか、そう思うようになったの。」男は逮捕され、今は刑務所だ。しかしルーシーのトラウマは消えない。

「カウンセリングを受けたりして、今はようやくマシにはなったわ。」何でもないような、いつもと変わらないはずだったあの日の朝の、子供達の写真を見てルーシーは思う。「子供達のハッピーな笑顔を見てると、あの後あんなに恐ろしいことが起こるなんて知る由もなかった、って思うわ。」

また、自分たちがどんなにラッキーだったかを、あの日の子供の写真を見る度に思い知らされるという。ルーシーも、子供達も、怪我一つなく無事だったのはまさに奇跡だろう。

こういう事件や事故に出会うと、被害者にとって大きなトラウマとなり心に深い傷を負うことになる。ジョージは小さかったので覚えておらず良かったが、将来、グレースの心にこの出来事が影を落とさなければいいがと願う筆者である。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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