今年誕生した第3子となる息子は先天性のものを抱えていました。
わかった時は最後の最後に…という気持ちと生まれてくる息子に申し訳ない思いでいっぱいでしたが、
弟の誕生を楽しみにしてくれた2人のお姉ちゃんたちに今でも助けられています。

結婚前に知ったこと、覚悟したこと

私が子供のころ、年に1回くらいに県立こども医療センターに診察に行っていました。
特にどこが…という自覚は全くありませんでした。
でも周りを見てみるとなんとなくこどもながらに感じていたのでしょうか、私は母に訳を聞くことはありませんでした。
小学校6年生の時に形成外科にてオペをしました。5日ほどの入院もしました。
鼻の周りをオペしたようです。
抜糸をし、鼻にチューブをいれ、その後チューブからもう少し目立ちにくい矯正具のようなものに変わりました。夏休みが終わり学校が始まってしばらくはその矯正具をしていたので男子にからかわれたのを覚えています。

それから成人になり、学校を出て就職、今の主人と出会い結婚をする前の年の検診日の待合室で母が訳を話してくれました。
母は今まで言えなかったこと、そして他の普通の人よりも遺伝する可能性はあること、なので私が今後子どもを望んだ時に覚悟をしてほしいこと、そして何よりも何よりもこういう思いをさせてしまい本当に申し訳ないと涙ながらに私に謝りました。
でも、私は今まで何不自由なく厳しくも愛情たっぷり育ててくれた母に対して感謝しかなかったし、母は今まで本当に自分の心の内で悩んだりしてきたんだろうなというどれだけ母は思ってきただろうという思いでいっぱいでした。

そして私もいつか子どもを望んだ時に何があっても守り抜こうという覚悟もできたのです。

結婚→妊娠→出産

主人と結婚し、2人の子供に恵まれ引っ越し新たな環境に落ち着いた頃3人目の妊娠が分かりました。
そして妊娠5~6か月のころに通っていた産院で疑わしい判定が出たので大学病院への転院が決まりました。覚悟していたこととはいえショックは大きかったです。
生まれてくる息子に対して本当に申し訳ない気持ち、これから待っている数回にわたるオペと入院を経験させてしまうことへの申し訳なさでいっぱいでした。
そして生まれてきた息子はやはり遺伝していましたが、そんなことどうでもいいと思うくらいにかわいくて仕方なかったです。

お姉ちゃんたちの反応

おもてに出ているものなので、お姉ちゃんたちにもわかったでしょう。
入院中にお見舞いに来てくれ、ガラス越しに息子を見たとき何かを悟ったのでしょうね。
「赤ちゃんどうしたの?」って言われました。
後々詳しいことはもう少し大きくなってからお話ししようと思いましたが、今はわかりやすいように「おなかの中でちょっとお怪我をしちゃったんだよね」ってお話ししておきました。
でもその後娘たちは息子のことについて聞くことはなくなりました。
それ以上に退院してからは「かわいいかわいい」と私と一緒にお世話をしてくれるようになりました。

1回目のオペを終わってから現在まで

今年の初夏に1回目のオペがありました。入院は2週間ほどありました。
その間私もできるだけ病棟に行っていましたが、お姉ちゃんたちは病棟内に入れないので学校と保育園に行っている間だけ、帰ってくると夜までバタバタです!バタバタなのは今でも変わらないですけど(笑)
入院中は娘たちもお手伝いを本当にたくさんしてくれました。些細なことでも本当に助かりました。
そしてオペが終わって50日ほど過ぎた今は息子も更にだいぶ大きくもなり成長もしよく動くようになりましたが、2人のお姉ちゃんも更にいろいろ一緒に面倒を見てくれるようになりました。我が家には大小3人のママがいるようです。
更に賑やかになるだろう我が家…これからもちっちゃなママたちに助けてもらいつつ頑張りすぎず楽しんでいこうと思います。

ただ今ゴロンゴロン中♪

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あやぴん このユーザーの他の記事を見る

3姉妹弟と1ワンのママをしています。
毎日バタバタ楽しんでいます。
今週から週2~3のワーキングママ復帰!ますます頑張ります!

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