21世紀のジャンボ鶴田と呼ばれるプロレスラー

今回、ご紹介するプロレスラーは全日本プロレスの諏訪魔選手です。

諏訪魔選手は現在、全日本プロレスを牽引する怪物エースです。
また、20世紀日本プロレス界で最強の名をほしいままにした"完全無欠のエース"ジャンボ鶴田選手の再来と言われている選手です。

諏訪魔選手が歩んだレスラー人生を振り返ってみましょう。

オリンピックを目指したレスリングの怪物

1976年11月23日、神奈川県藤沢市生まれ。
本名 諏訪間 幸平

亀井野小学校、湘南台中学校、藤嶺藤沢高校卒業。中央大学卒業後、社会人経験を経て、プロレスラーとなる。

藤嶺学園藤沢高等学校時代は柔道部で活躍し、中央大学進学後にレスリングを始めて主将となる。大学を卒業してからはクリナップに就職しレスリングを続けた。

2001年12月、天皇杯全日本レスリング選手権大会・フリースタイル130kg級(最重量級)に出場。準決勝で田中章仁、3位決定戦で沢田直樹に敗れ4位となった。

2002年の全日本レスリング選抜選手権、国体で優勝し、世界選手権代表にも選ばれる。12月の天皇杯全日本レスリング選手権大会・フリースタイル120kg級では決勝で田中章仁に敗れ準優勝となった。

2003年9月にフリースタイル120kg級で世界選手権に出場するも予選で敗退。12月の天皇杯全日本レスリング選手権大会・フリースタイル120kg級では決勝で前年と同じ顔合わせとなった田中章仁に敗れ2年連続の準優勝となった。

2004年のアテネオリンピックを目指すも、自分の階級の出場枠がなくなったこともあり、馳浩のスカウトで27歳でプロレスに転向。

出典 https://ja.wikipedia.org

全日本プロレスに就職します

諏訪魔選手は、2004年にプロレス転向記者会見で「全日本プロレスに就職します」とかつてジャンボ鶴田選手が残した名言をオマージュしてのけました。

諏訪魔選手には「ネクスト・ジャンボ」として大きな期待がかかり、早くからメイン戦線で活躍していきます。
ちなみに「諏訪魔」というリングネームは2006年にヒール軍団VOODOO-MURDERS加入以降、この名前になりました。

デビュー3年半で全日本プロレスの頂点へ

諏訪魔選手は2008年4月に新日本プロレスの棚橋弘至選手を破り、全日本最強リーグ戦「チャンピオン・カーニバル」に初出場を果たしました。
また同月の名古屋大会では佐々木健介選手を破り、三冠ヘビー級王座を獲得しました。

「チャンピオン・カーニバル」と三冠王座を諏訪魔選手はデビュー最短で獲得する快挙を果たしました。

全日本の怪物エースへ

2008年9月28日、グレート・ムタに敗れ三冠王座から陥落した。同年の世界最強タッグリーグ戦には、近藤修司とのタッグで出場し準優勝を果たした。

2010年8月29日、鈴木みのるを破り2度目の三冠ヘビー級王座を奪取。翌日には全日本プロレス選手会長に就任した。

同年12月、浜亮太をパートナーに迎え世界最強タッグリーグ戦に出場し5年連続の準優勝を果たした。同月、第37回プロレス大賞で殊勲賞を獲得。「今年一年いろいろ先頭に立って全日本プロレスを引っ張っていこうという行動がこうやって“殊勲賞”という形で評価されたのは嬉しい。」とのコメントを寄せた。

2011年、4月チャンピオンカーニバルにて永田裕志と対戦するも敗れた。結局優勝決定戦には進めず永田のチャンピオンカーニバル制覇を許してしまう要因を作ってしまう(なお、永田の決勝の相手は真田聖也)。

同年6月、両国大会の三冠戦にて永田に勝利。リベンジを果たすと共に4度目の防衛に成功する。

同年7月、チャンピオンカーニバル準優勝の真田と三冠戦を行いこれに勝利して5度目の防衛に成功。ちなみにこの三冠戦は武藤全日本体制になってからの入門生同士の初の三冠戦となった。

同年10月、チャンピオンカーニバルで対戦する機会のなかった秋山準との対戦を熱望し両国での三冠戦で激突するも30分を超える激闘の末にスターネスダストαで敗れ三冠王座陥落。この試合は2011年プロレス大賞ベストバウトの選考にノミネートされた。

出典 https://ja.wikipedia.org

師匠・武藤敬司との別れ…一人になっても全日本を守る。

そんな諏訪魔選手にとって転機となったのは2013年。全日本プロレスはオーナーが皇太子、お家騒動に発展。会長の武藤敬司選手は退団し、多くの選手が追随しました。

しかし、諏訪魔選手は敢えて、全日本プロレス残留することになりました。
武藤選手には感謝していましたが、彼の並々ならぬ「全日本プロレスへの愛」が残留の決断に至りました。

「自分はこの状況でありますが、全日本プロレスに残る決断をしました。ここまで俺を育ててくれた武藤さん、内田(雅之元社長)さんには感謝の言葉しかありません。でも僕は全日本プロレスが好きで、全日本プロレスに入団したので、その全日本プロレスを裏切ることは出来ません」

「次武藤さんに会う時はもっと立派なレスラーになって最高の笑顔で挨拶したいなと思っています」

「自分自身も先は見えない。全日本プロレスという看板はこれまでも何度も分裂したりといった危機が訪れたけども、俺は何回も再生していく不思議に力に懸けてみたい! どうなっていくか本当に分からないけども、1人でも全日本プロレスをやっていきたいという強い思いでいます!」

出典 http://kakutolog.cocolog-nifty.com

暴走専務誕生

その後、全日本プロレスは新オーナーの度重なる波紋を呼ぶ言動や行動によって、内部はグチャグチャな状態となります。遂には給料も発生しない事態となりました。この事態に立ち上がったは2013年に全日本に再入団した秋山準選手でした。秋山選手は

全日本プロレスの秋山準(44)が7月1日から新会社をスタートさせ、社長として団体を運営していくことが3日、明らかになった。所属全13選手も追従する模様で、現在は秋山が中心となり、全日プロを運営する全日本プロレスリングシステムズ株式会社・白石伸生オーナー(41)との最終交渉が続いている。

 全日プロの運営はここ数年で混迷の一途をたどっていた。2012年11月に白石氏(当時は株式会社スピードパートナーズ)が全日プロの株を100%取得。新オーナーとなったものの、他団体を挑発する過激な言動に対し、前オーナーの武藤敬司らが猛反発。しかし双方の溝は埋まらず、武藤は全株式の奪還を前提に続けていた交渉を断念。13年6月30日の両国国技館大会を最後に、現WRESTLE―1勢が大量離脱した。

 その後は残留した諏訪魔を中心に新生全日本の再建が進められ、ノアを退団した秋山らバーニング5選手が同年7月に所属選手となり、団体は何とか息を吹き返した。8月には、スピードパートナーズ社から白石氏が社長を務めるレッドウォールジャパン社に株が譲渡され、全日本プロレスリングシステムズの新しい親会社となった。9月には井上博太氏が社長に就任。白石氏はその後オーナーとして運営を支え、現在に至る。

 だが、今年に入っても低迷が続いた。そんななか、慎重居士の秋山がついに立ち上がった。関係者の話を総合すると、全日プロ所属選手に対するギャラの支払いが、今年に入ってから滞り始め「生活できない」という声が各選手から上がり始めたという。2月になると「新しく運営会社を作って全日プロを再生させたほうがいいのでは」という意見も出てきた。周囲から推される格好で、6月いっぱいで契約を満了する秋山が社長となり、新会社をスタートさせる運びとなった。

「いろんな部分で新しく始めたほうがいいのではという結論になった。所属選手のためにも、自分が社長としてやっていこうと決断しました。いろいろな声も上がりましたが、白石オーナーは全日本にとって力を尽くしてくれた貢献者だと思います」と秋山は明かした。

 次期シリーズ(15日、後楽園で開幕。30日、函館で最終戦)は予定通り参戦。7月1日からは新会社を発足させ、秋山を筆頭に諏訪魔、曙、大森隆男、KENSO、潮崎豪、金丸義信、鈴木鼓太郎、青木篤志、宮原健斗、SUSHI、渕正信、野村直矢の所属全13選手が移籍。和田京平レフェリー、木原文人リングアナウンサー、ボンバー斎藤レフェリーら主要スタッフも新会社へ移籍することで同意しているという。

 武藤離脱直後はリングの内外で孤軍奮闘していた諏訪魔も「新たに会社を立ち上げることになったが、決してネガティブなものじゃない。次へ進む時が来たということです。白石オーナーには感謝の気持ちしかありません」と目を真っ赤にさせながら心情を吐露した。

 ただし契約上の問題で、現在の運営会社が既に決定済みで会場も押さえている7月と8月のシリーズには出場する。実質的に「秋山社長」による全日プロが興行を手掛けるのは9月からになる模様だ。そのため現在はスポンサー探し、会社登記の準備、事務所探しなどに奔走する日々が続いている。

 問題となるのは「全日本プロレス」の看板だ。商標登録は全日本プロレスシステムズが所有しており、秋山らの新会社へスムーズに移行できるかどうかが焦点となる。現在、話し合いが続いており、白石氏の英断が待たれる状況だ。いずれにしろ42年の歴史を持つ全日本プロレスは、再び大転換期を迎えた。

出典 http://www.tokyo-sports.co.jp

7月4日に行われた全日本プロレスの新体制発表記者会見で諏訪魔選手は専務に就任したことが発表されたのです。


ここに「暴走専務」が誕生したのです。

「専務取締役に就任させて頂いた諏訪魔です。思い返すと1年前、確か僕もこのような会見をさせていただきました。その時に全日本プロレス、信頼ある団体を構築していく。そういう言葉を言わせて頂いたのを今も記憶に強くあります。その気持ちは今も変わらず強く持ってます。今後、信頼関係…信頼ある全日本プロレスを構築するために、役員としてどう具体的に提案するか、ここにいるレスラーみんな、スタッフみんなと進めていきたいと思ってます。今後も一生懸命、頑張らせて頂きます。三冠のベルトを札幌で激しい試合の末に、ギリギリのところで巻くことができました。その三冠のベルトを目指して日々みんな切磋琢磨して戦ってる。その戦いをこれからもどんどんファンの皆さんにみせていく。そういう強い気持ちでいます。今後、三冠に限らず、タッグ、アジア、ジュニア、クオリティの高い激しい試合をみせていきたいと思ってます」

出典 http://dx-web.gsj.bz

公式サイトが可愛らしい

閑話休題。

実は諏訪魔選手は最近、公式サイトをリニューアルしたのですが、これがなかなか可愛らしいのです。怪物と呼ばれる諏訪魔選手とギャップがあるのでもしよければご覧ください。

プロレスは諏訪魔が回す

最後にプロレス誌「ゴング」における諏訪魔選手のノンフィクションの一節をご紹介します。

はたして諏訪魔選手は全日本プロレスを復興させることができるのでしょうか。
今後の諏訪魔選手と全日本プロレスの動向に注目してください。

「諏訪間は強さを武器にする。イケメンは他人に任す。鶴龍対決時代のチルドレンである。巡業する動物園の猛獣である。人間界では暴走専務と呼ばれている。」


「1995年に長与千種が新たな女子プロレス団体 GAEA JAPANを旗揚げしたときに、長与はこう言った。『プロレスを回したい。』女子プロレスという産業を自分が基軸になって盛大に回転させたいという意味だろう。(中略)ならばこそ、こんな字句が思いつく。プロレスは諏訪魔が回す。(中略)マット界のそんな中心的な存在になればいいなと、期待を込めて書いておく。」

出典ゴング 2号 (発行:アイビーレコード 発売:徳間書店)

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