先日、息子(小学校1年生)が友達とケンカをしたと言って帰ってきた時の話です。
ケンカの原因は、子どもたちにありがちな
息子:「足があたった。」
友達:「わざとじゃない。」
息子:「わざとじゃなくても嫌だったよ。」
友達:「わざとじゃないんだからしょうがないじゃん。」
息子:「わざとじゃなくても謝って。」
といった感じでした。

盗人にも五分の理を認める

そこで、D.カーネギーの『人を動かす』より引用して、「盗人にも五分の理を認める。」を息子に説明しました。

・人は誰でも自分は間違ってないと思ってるんだ。
・相手のことを悪く言って謝らそうとしても反発するだけだよ。
・他人を変えることはとっても難しい。
・その子にはその子の理由があって謝らないんだ。
・ひょっとしたら自分の正義が彼を傷つけていたのかも知れないよ。

と終盤、SEKAI NO OWARIの歌詞が入ってくる感じになりましたが。 

子どもに対して言った言葉は自分に返ってくる

その翌日のことです。
息子はトイレに行ったあと、「まぁこんなにも使うもんか」という程トイレットペーパーを使います。それはもう詰まりそうな程。

毎回、
「一回でキチンと拭いて。」
「そんなにたくさん使って拭かなくても大丈夫だから。」
と優しく言っていたんですが、その日はついに、
「何回言ったらわかるん!」
「トイレ詰まったらみんな困るじゃん!」
とやや怒鳴ってしまいました。

そして、ふと
「『盗人にも五分の理を認める。』じゃなかったのか。」
と気が付きました。

トイレットペーパーをたくさん使う息子には息子なりの理由があるじゃないか?
その理由を聞きもせず、一方的に叱り、息子の自尊心を傷つけるのは僕が親としてやるべきことではないんじゃないか。

カネーギーの言葉は僕に返ってきました。

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