「置かれた場所で咲きなさい」というノートルダム清心学園理事長:渡辺和子さんが書かれた本がベストセラーとなりました。

今でも書店やおしゃれな雑貨屋さんでも見かけることがあり、キリスト教と関係のない方々にも多く読まれているんだな、と思います。

私はこの本のタイトルを読んだとき、初めて出会った気がしませんでした。

大学時代、クリスチャンのちぎり絵作家「森住ゆきさん」の詩の中に「片隅の花でも喜んで咲ける」という詩を読み、心に留めていたからです。

「置かれた場所で咲く」ということと、「片隅の花でも喜んで咲ける」ということは、とても近い気がしました。

「置かれた場所で咲きなさい」という本のタイトルが多くの人の心を掴んだ、と言うことは、多くの人が「置かれた場所で咲けない」事実があるからです。

「なぜ私がこんなことを。」
「なぜ私がここに?」
「私はここにいるべきではないのではないか?」などなど、現状への不満や満ち足りていない心などを抱えながら多くの人は過ごしている現実があるのだと思います。

著者である渡辺和子氏自身も、「修道者であっても、キレそうになる日もあれば、眠れない夜もあります。」という文章から、この本を書き出しています。

「牧師の妻」である私も同じです。

「牧師の妻であっても、キレます。」
「眠れない夜は・・・今のところ、ありません。(^^;)」

クリスチャンである私は、「家族」「境遇」「職場(私の場合は教会)」などは、自分で勝手に選んだのではなく、「神が私を遣わされた」という意識を持っているつもりでした。

それでも、この本のタイトルに出会ったとき、いかに自分が「置かれた場所で咲いていないか」ということを思い知らされました。

「私が咲けないのは、○○のせい」という理由はいろいろ出てくるでしょうが、一番の問題は、「周りにいるあの人」ではなく、「環境」や「境遇」でもなく、私自身の心が「満ち足りた心」であるかどうか?ということが問題であると気付かされるきっかけとなりました。

✩聖書の言葉✩

・・・私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。
また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
(新約聖書(新改約)ピリピ人への手紙 4章11~13節)

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