お中元の季節がやってきました。

私がOLだった数十年前、贈答品を送る仕事を担当していたことがあります。
そのときに上司に言われた言葉。
「老舗の百貨店で、王道の包装紙で送って欲しい。
 同じ品物でも受け取り方が違うんだ。
 格の高いものを送るってことは、相手の格も高めることになるんだよ。」
と言われたのです。
その言葉は私の中にいつまでも残りました。

(三越)

三越は、1673年に呉服店「越後屋」として創業しました。

現在では当たり前になっている正札販売を世界で初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにしたのです。
商号の「三越」は「三井家」(越後屋創業者)と「越後屋」とから成り立っています。

あまりにも有名なこの包装紙のデザインは猪熊弦一郎画伯によるもです。
「華ひらく」という名前が付けられています。
この包装紙に「Mitsukoshi」の筆記体のロゴが書かれています。
これはアンパンマンの原作者・やなせたかしによるものです。
やなせさんは東京高等工芸学校図案科(現在の千葉大学工学部デザイン学科)を出た後、別の仕事をしたのち、1947年(昭和22年)に三越に入社、宣伝部に配属され、グラフィックデザインの仕事をしていたそうです。
さりげなく書かれたこの文字に、やなせさんの優しさとセンスが詰まっているように感じられてなりません。


(高島屋)
1831年(天保2年)、京都で飯田新七が古着・木綿商を開き、義父の飯田儀兵衛の出身地である滋賀県高島郡(現高島市)から高島屋と名付けられました。

「薔薇の包みの高島屋」というフレーズは、昭和に生きた人には忘れられません。
この薔薇の包装紙をデザインした方は、高岡徳太郎さんという方で、1923年に大阪高島屋に入社されたそうです。宣伝部図案主任をされていた縁でこの薔薇の包装紙のデザインを手がけたという事です。
高島屋=薔薇 というイメージを見事に世間に植えつけました。


(伊勢丹)
1886年に東京神田の地で伊勢屋丹治呉服店を創業したのが始まりです。
老舗の百貨店なのに、海外からのセレクト品をどんどん取り入れ、若い層も唸らせるラインナップは伊勢丹の得意分野でしょう。

伊勢丹といえば、タータンチェックの紙袋。
1958年。ティーンエイジャーショップの限定として始まり、やがて全館で使用されることになったショッピングバッグにタータン柄を採用しました。
伊勢丹の象徴的な存在として親しまれてきたこのタータンの紙袋。長年にわたり日本におけるタータンのプロモーションに貢献したとして、スコットランド・タータン協会からタータン・アワード「Best use of tartan in packaging(パッケージ部門)」を世界で初めて受賞しました。

こうしてみると、
包装紙や紙袋は百貨店の命といっても過言ではないでしょう。

どの百貨店も、新しいデザインを取り入れつつ、古くから続くものを象徴として大切にしています。

それが、大切な人に贈答するときに選ばれる所以なのかもしれません。

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東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

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