過日の日本経済新聞夕刊(2012年2月9日)のエッセイの中のある文章に目が留まりました。

かつて、建築を専門にしている知人が言っていた。
 「汚れが簡単に落とせて手間いらずの外壁や建材があるでしょ?あれって便利なんだけど、古くなったとき、ただ薄汚くなるんだよね。いい朽ち方をしないの」
 (作家:木内昇 「寂しさの考察」)

出典 http://www.nikkei.com

モヤモヤと、「人生論のようだ」と思えてしまうのですが、皆さんは、どういう解釈をされますでしょうか?

さて、私は、半年以上日本を離れていますので、最近のワイドショーでどういう事が取りざたされているのか皆目見当もつかなかったのですが、小向美奈子さんの薬物使用に関するニュースが世間を騒がせているのだとか。依存症治療に関しては、私は「当事者」でもありますので、当事者なりの記事を。(尚、私は、違法ドラッグ関係は一切ないです。あんなアホな事はわたしはしません)

私は、アルコール依存症で、3回長期入院(1.5か月を2回、3か月)をしています。短期で言えば、かなりの数の入院を経験しています。警察病院で、暴れた挙げ句に、グルグル巻きにされて大人用オムツを使わざるを得なかった事も有りますし、逓信病院で待合所でぶっ倒れて即入院、と言う事も有りました。(点滴打ちながら、病棟を抜け出して、オラクルの(ストアドプロシージャ等のSQL/Java)コードを書きに職場に行って、血管を露わにしながらタイピングして納期に仕上げた記憶があります・・・orz)

最初の「断酒」は、1998年1月(23歳:大学5回生)。正月のNHKかどこかの番組で、依存症に関する特集が組まれており、「自分はもしかするとそう?」と思い至って、断酒を始めています。当時、お付き合いの様なことをしていた現在の某議会議員の前で、禁酒を誓った若かりし私は、毎日「ビール6リットル」の日々を数年間欠かす事無く繰り返しておりましたので、完全なアルコールの病気でした。ビールを緑茶に置き換えて、南青山のフォンテ青山(赤レンガ:伊藤忠商事前)でペットボトル9リットルを飲みまくったり。寒い中気を紛らすために外苑をランニングして風邪ひいてへたばったり。よくやったよ・・・本当。

タバコも、2箱は毎日吸っていましたので、酒税とたばこ税で国家へ当時かなりの貢献していましたかね( ^^;。とは言え、何度も救急車を出動させたりしていますので、総務省関連施設並びに国家には大変ご迷惑をおかけしたものと思っております。この場を借りて、心よりお詫び申し上げます。m(__)m

さて、私の場合、30歳(2004年)の誕生日に、完全な禁酒・禁煙を誓っています。其の後10年経っていますが、禁煙は継続、お酒に関しては2・3回スリップしてしまいました。スリップ後は3週間、お酒をベースの生活になってしまい、やがて、嘔吐のみになって、食事を受け付けず、入院、です。

タバコすなわち「ニコチン依存症」は、ハッキリ言えば、子供だましみたいなものです。偶に、私は、「禁煙できない人間は、すべからく精神薄弱である」とつい断言してしまうのですが(笑)、これは、他の依存症の経験があるから、に、他なりません。禁煙は本当に楽です、少なくともアルコール依存症や薬物依存症に比べるとはるかに簡単だと思う。ニュージーランドから、「ニコレットパッチ」を個人輸入して禁煙始めたのですが、やめると決心してやめられなかったことはないです。

アルコール依存症は、克服するにあたり、本当に精神の鍛練が必要だと思います。最強の部類の依存症です。アルコホリック・アノニマス(AA)や、断酒会、などの、自助グループは有る事は有るのですが、私は一切使った事はありません。病院内でのプログラムの一環で使った程度。外では行ってません。ああいうのは「宗教がかったりしている」ので、本当に知的で建設的な人が主導しないと難しいのだろうなと思っております。まあ、AAのような「ネットミーティング」と言うのは出来なくないですから、IT時代にふさわしいアルコール依存からの回復プログラムは作れるのではないかと思っております。ただ、現状、圧倒的大多数のアルコール依存症患者は、AAや断酒会に行った方がよいのではないかとは思います。私レベルの「強い人」って、なかなか居ないですよ、正直。

タイ王国で、パキスタン出身の資産家(ムシャラフ元大統領から年賀のあいさつを貰っていたのを見て流石に吃驚 ^^;)と仲良くなったので、彼の持つ、カラチの土地を、日本人向けに改造して、依存症リハビリプログラム用の日本人村を作ると良いのではないか、と思っていたりします。まあ、イスラム教の国で、アルコールを摂取する事は有り得ないですし(笑)。日本を中心に思考してしまって、依存症を克服できずに、不幸になっている方々は驚くほどに多いのだろうな、と憂慮しています。

小向美奈子さんにしても、酒井法子さんにしても、(或はASKAさん等にしても)、早く回復すると良いなあ、と祈っております。薬物依存だと、NAがありますね。精神の弱さを指摘される場面も多いのではなかろうかと存じますが、体験した私から言わせれば、数か月・数年止められるというだけでも相当の精神力だと思いますよ。まあ、 

アルコール依存症>薬物依存症(一般の薬物:含ベンゾジアゼピン・覚せい剤)>>ニコチン依存症

出典 http://agora-web.jp

位の簡易評価がベストではないでしょうか。250万人以上の味方ですよ?私は。(^_^)v

私が、断酒中にアルコールでスリップしたのは、1日で2000万円負けてしまった、株式先物取引(上海株暴落事件)の時です。2007年。結局、年間で1億円位「飛ばして」しまっていますんで。この時は、「先物と言うギャンブルに依存していた」のだと思います。年間で(一人で)営業利益4000万円稼いでいても、1億円を損すれば流石に経常利益はマイナスですorz。自己破産も何度も考えさせられ(勝手に迫られ)ました。弁護士や司法書士は本当に役立たず・・・無能からは弁護士免許即刻はく奪しろよ!日弁連さんよ! orz

そして、1か月半の入院を札幌市で二回繰り返したのち、「薬物依存」になります。最初は、精々、「ベンゾジアゼピン」の一部である、「レキソタン」(ブロマゼパム)に関する依存症、でしたが、最近まで、「ハルシオン」「ロヒプノール」「サイレース」等(非ベンゾジアゼピンである、マイスリーなども)を胃に流し込んで、昼夜逆転生活でひたすら空虚な時空を埋める為に摂取してしまうような生活も経験しています。「ベンゾジアゼピン依存症(処方箋薬依存症)」。まあ、あれは人間がやる事ではないですね。廃人に近い。alas... そして、第三回目の入院、となりました。3年前。10回以上入院のツワモノなども居て、正直言えば、アルコール依存症治療はあまり日本で有益には機能していないと改めて感じました。生活保護問題とも大きく結びつくので、今のママの体制だと難しいのですよ、本当に、日本は情けない国に成り下がったものです!

とは言え、結局、去年の半ばに日本を離れてからの半年以上、アルコールも、ベンゾジアゼピンも、タバコも、ギャンブルも、"一切"していません。完全に、依存症からは離れました。まあ、偶に人恋しく思うので、セックス依存症辺りにはなっているのかも知れませんが (^^; 、健康で文化的に生活をしています。 市井の精神科もアテにならないです。 アルコール専門病棟も日本にある事は有ります(一番有名なもので、久里浜)。最初は、そういう施設に入ると良いと思いますが(普通の人が、自力で、なんて先ず無理です。東大卒ですら回復まで相当な時間がかかったんだ、ましてや、凡人のあなた/私。そう考えるのが適切)、すぐ抜け出して、海外に行くと良いのだと思います。

さて。冒頭に戻ります。日々の失敗の対処法如何で、人生の最終到達点の「綺麗さ」「汚さ」と言うモノは決定づけられてしまうのではないでしょうか。「眼前に有る問題」から、決して目を背けないでください。アルコール問題で困っている人、薬物(向精神薬・処方箋薬やドラッグ)、ギャンブル、に困っている人、貴方の周りに「必ず」います。まあ、私は<達観>してしまっているので、処方箋・処世術位はいくらでも書くことは出来ます。ただ、依存症患者の為だけに自分の人生を費やしたいとも思っておりません。適切な場所は、身の回りにて。今ある問題に適宜キチンと対応して、悔いの残るような<汚れた老後>を歩まないよう、十分留意してください。

依存症を克服できた貴方は、「人の5倍以上の」強靭な精神力を持った人です。是非とも堂々と自信を持って人生を歩んでいただきたい。

汚れが簡単に落とせて手間いらずの外壁や建材のような「一時的な対処」をするのではなく、手間がかかる問題だからこそ、身をすっきりさせ、「綺麗な老後に」備えて下さい。専門病棟が基本、そして、セカンドオピニオン・サードオピニオンは必ず取る事。この分野の精神科医は劣化型が多いし、優秀な医師の絶対数が圧倒的に少ないです。ご注意ください。一人でも多くの方の「魂」が救済される事を願ってやみません。

追記1: 画像は、 http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/48/jyoho48_tokushu2.htm より。因みに、この「画像」にあるように、依存症には大きく分けて3つのタイプがあります。特に、共依存のような「アルコール依存症や薬物依存症の配偶者・子供がなりやすい」精神疾患(依存)については、あまり多く語れる方はいらっしゃらないようです。学問的な見地からの研究が日本でももっと発展すべき分野ではないでしょうか。

追記2: この問題に関して言えば、私は専門レベル以上だと思っております。啓蒙・啓発活動の為の媒体(メルマガ・マガジン・ウェブ媒体等)への執筆依頼は大歓迎です。

著者:

北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата)は、1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、1999年同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー、コラムニスト、旅人。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。ICIT(Information, Communication and Integration Technology)コンサルタント。タイ王国バンコク都在住。

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北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата.)は、1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー、コラムニスト、旅人。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。ICTコンサルタント。タイ王国バンコク都在住。

ネットワーキングコミュニティに造詣が深く、ブログ・wiki・Mixi・Twitter・Facebook・Google+などのアーリーアダプターである。

世界中に実名の30万人以上のリーチを持つソーシャルメディア(ソーシャルネットワーク)の第一人者であり、オープンソース(Opensource)業界では、HTTP Server で有名な The Apache Software Foundation(アパッチ財団)の、個人スポンサーや、コミッタ(Committer)であったことでも有名(日本人/日本法人で初めてのスポンサー、個人では世界初)。Wikipedia, Perl, Mozilla, Python をはじめ、様々なオープンソース・オープンプラットフォームに寄付を行う慈善事業家。インターネットがより深いレベルで社会生活に浸透していけばよいと切に願っていると同時に、ネットにおけるコミュニケーション・オフライン(現実社会)におけるコミュニケーションがどう密接につながっていくのかを読み取っている。

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