最近取り上げられている『サッカーボール訴訟』において、最高裁は9日の判決で「危険性のない行為による偶然の事故について親は責任を負わない」と風穴を開けた。

サッカーボール訴訟とは?

小学校の校庭から蹴り出されたサッカーボールをよけようとして転倒した後に死亡した男性の遺族が、ボールを蹴った当時小学生の元少年(23)の両親に損害賠償を求めた訴訟。

出典 http://www.sankei.com

学校の校庭から転がり出たサッカーボールをよけようとして転倒し、約1年半後に死亡した80代の男性の遺族が、ボールを蹴った小学生(当時11歳)の両親に損害賠償を求めた裁判で、最高裁は4月9日、遺族側の請求を棄却する判決を下した。1審と2審では、子どもの「監督義務」を怠っていたとして、両親に1000万円以上の賠償を命じる判決が出ていたが、最高裁はそれを覆す判断を示した。

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

事件の概要

小学校は,放課後,児童らに対して校庭(以下「本件校庭」という。)を開放していた。本件校庭の南端近くには,ゴールネットが張られたサッカーゴール(以下「本件ゴール」という。)が設置されていた。本件ゴールの後方約10mの場所には門扉の高さ約1.3mの門(以下「南門」という。)があり,その左右には本件校庭の南端に沿って高さ約1.2mのネットフェンスが設置されていた。また,本件校庭の南側には幅約1.8mの側溝を隔てて道路(以下「本件道路」という。)があり,南門と本件道路との間には橋が架けられていた。本件小学校の周辺には田畑も存在し,本件道路の交通量は少なかった。

サッカーゴールの後ろ側10mには高さ1.3mの門とその左右に高さ1.2mのフェンスが張ってあり、フェンスのさらに後方は1.8mの側溝(門の部分は橋)があり、その向こう側が道路だったのです。少年はこのサッカーゴールで仲間たちとフリーキックの練習をしていたところ、この日、少年が蹴ったボールは、不幸にも、門扉の上を飛び越え、この橋の上に落ち、そのまま道路まで転がったところで、自動二輪車を運転してそこを通りかかった被害者の男性がこれを避けようとして不幸にして転倒したのです。男性は事故により左脛骨及び左腓骨骨折等の傷害を負い,入院中の平成17年7月10日,誤嚥性肺炎により死亡した、というもの。

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これに対しての裁判の経緯

1、2審は児童の両親が監督責任を怠ったとして1千万円超の賠償を命じたが、最高裁は「通常は危険でない行為でたまたま人を死傷させた場合、親は賠償責任を負わない」などとして、原判決を破棄した。

上告審判決が9日、最高裁第1小法廷(山浦善樹裁判長)であった。同小法廷は、「子供の行為が及ぼした被害に対する予見可能性の有無で、親らが監督義務を尽くしたかどうかを線引きできる」とする初めての判断を示した。

 その上で、「両親は被害を予測できなかった」として、両親に賠償を命じた2審大阪高裁判決を破棄、遺族側の逆転敗訴を言い渡した。

出典 http://www.sankei.com

当時児童であった父親のコメント

事件当時まだ児童であった父親がコメント。
事件後からの思春期を罪の意識にさいなまれながら過ごしてきた、10年間の本人とその家族の悲痛な心中が伺える。

私たち夫婦、息子にとって苦悩の10年でした。

被害者の方にケガを負わせ、結果的に死亡したという事実を厳粛に受け止め、親としての道義的責任を痛切に感じています。

息子は自分の蹴ったサッカーボールが原因で人が一人亡くなったということで、ずっと罪の意識を持ちながら、思春期、青年期を歩んできました。

ただ親として子供を守ってやりたいと思ったのも事実です。

息子は当日の放課後、学校のグラウンドで、友人とフリーキックの練習をしていたに過ぎません。もともとあったゴールにむかってボールをける、法律のことはよくわかりませんが、このことが法的に責められるくらい悪いことなのかという疑問がずっと拭えませんでした。

また、親として、少なくとも世間様と同じ程度に厳しくしつけ、教育をしてきたつもりでした。この裁判を通じて、「息子に過失がある」、「違法行為だ」、「親のしつけ、教育がなっていない」と断じられたことは、我々親子にとって大変なショックであり、自暴自棄になりかけたこともありました。

本日、最高裁で判決が出たとお聞きしました。正直、まだ気持ちの整理もできておりませんが、我々の主張が認められたということでひとまず安堵しています。

ただ、被害者の方のことを考えると、我々の苦悩が終わることはありません。

出典 http://www.bengo4.com

学校側の設備は万全であったのか?

これは個人的な意見だが、本件において当事者である子供は『学校側が用意している、通常の常識としてボールを蹴って良い場所』でボールを蹴っている。この事件の場合、その場所として設けられている校庭の塀の高さなどにも問題を投げることも考えられるのではないだろうか?
ゴール後方の門扉の高さや、ネットフェンスの高さに問題は無いか?この部分の検証や見直しこそ注目すべきではないかと感じる。

子供だけではない。介護現場の実態にも問題を投げかける

監督責任が問われる可能性があるのは子供の親だけではない。最高裁では現在、徘徊(はいかい)の症状がある認知症の高齢者が線路内に進入し、列車にはねられて死亡した事故をめぐり、事業者側が損害賠償を求めた訴訟が上告中で、介護現場の実態をどう見るのかが注目されている。子育てから認知症介護まで、周囲の人間はどこまで責任を負うべきなのか。今回の判決が与える影響は大きい。

出典 http://www.sankei.com

2007年12月、愛知県大府市で当時91歳の認知症の男性が線路内に 入り、列車にはねられるという死亡事故が発生しました。家族が目を離 した一瞬の隙をついた、徘徊中に起きた事故でした。 これに対し、鉄道会社は在宅介護をしていた遺族に監督責任があると して、列車の遅延による損害賠償720万円を請求。名古屋地方裁判所は 昨年8月に「注意義務を怠った」として家族に全額賠償を命じました。

出典 http://www.stepone-1999.co.jp

NHKは、ことし2月、おととし1年間に認知症やその疑いがある人が徘徊などで行方不明になったケースについて、全国の警察本部を対象にアンケート調査を行いました。その結果、行方不明になったとして警察に届けられた人は、全国で延べ9607人に上ることが分かりました。このうち、死亡が確認された人は351人。その年の末の時点でも行方不明のままの人も208人いたことが分かりました。

出典 http://www3.nhk.or.jp

本件とは別に、最近ニュースで取り上げられることも多い、認知症の老人の徘徊の問題についても今後注目される。認知症の老人が徘徊し、まったく別の地域で保護される、というのも増えている。

これは私が実際に経験したことなのだが、深夜一般道を車で走行中、街灯がない状況の路上に、突然老人が座り込んでいた、ということがある。法定速度で走行していたこともあり、早期に察知できた為事故には繋がらず、幸い知人宅の老人であった為連絡を取り保護されたが、今考えてもぞっとする。

また、実際に認知症老人を抱えている家族も、知らないうちに徘徊し、他人の家に入り込んだり、公共の場でトラブルを起こすといった問題に悩む場合もある。

本件のように、不幸にして亡くなられた方やそのご遺族の気持ちを考えると、非常に辛い部分も大きい。
しかし、故意にではない状況において起こった事故での加害者やその家族もまた同様である。

加害者が安全を考慮し、通常通りの場所で行った行為に対して起こった事故において、周囲の人間の責任はどこまで問われるべきなのだろうか?

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音楽業界を経て、フリーのデザイナー兼ライターを生業にしております。ポジティブに解決したトラブルや実体験ネタを中心に書いています。8歳下の夫と愛犬の気ままな3人暮らし。音楽好きのゴシック好きの和服好き。オカルトも大好きでございます。好きな作家は芥川龍之介、詩人は中原中也☆

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