2004年に彼らしいと言えば彼らしすぎる原因で亡くなった中島らも。彼の名言をつぶやいてくれるtwitterのbotがあります。その至極の名言からピックアップしてお届けします。

その前に。中島らもさんについて。

一言で言えば「めちゃめちゃな人生」を送った人だったと思います。

名門中の名門、灘中に入学したものの、入試を受けることなく浪人。浪人生活の末大阪芸術大学に入学するものの、揮発剤、鎮静薬、睡眠薬、大麻、アルコールに耽溺。文学論、思想について雑談するなどして過ごします。その間に知り合った女性と交際、「(プレゼントした)ドクロの灰皿ごと彼女を引き取」り結婚します。

当時はヒッピー全盛期。氏も当然のごとく「パッチワークだらけで本体がなくなったジーパン」に腰まであった長い髪。

コネで入った印刷屋を辞め、広告代理店の会社人生活を経てコピーライター、プランナー、そしてエッセイスト、作家と進むかたわらでバンドを組んだり劇団「笑殺軍団リリパット・アーミー」を結成、演出脚本執筆、役者としてもこなします。関西ではテレビのコメンテーター(本人曰く、物言う置物)も務めめていました。

朝日新聞の「明るい悩み相談室」や受賞作の「今夜、すべてのバーで」「ガタラの豚」、映画にもなった「お父さんのバックドロップ」が書籍としては有名どころでしょうか。

そのある意味、正直な不器用な生き方は
氏の身体を蝕んでいくのです。

活動の場を広げていくその裏で躁鬱、重度のアルコール依存、薬の副作用に苦しみます。そして2004年、神戸市内で知人のライブを見た後、同市内で酒を飲み、翌日未明に酔って階段から転落しそのまま息を引き取ります。

その自己破滅的で退廃的で浪花節的で人情的でデカダンで底抜けに面白くて博学でロックな人生はある意味、憧れでもありました。

名言から学ぶ振れ幅の広さ。

CMのキャッチコピーについて書いていたエッセイから。
企画プレゼン時のつかみネタ。
お墓の中から白装束のおじいさんが笑顔で出てきて一言。

同じネタから。こちらは鉄筋住宅向けのコピー。
たまにこういうつかみネタが採用されて焦る、
と氏は書いていました。

定食屋さんで頼んだものが違うことを
店員のおばさんに指摘したら言われた一言。

こういった観察眼も氏の真骨頂です。

もちろん「芸術は爆発だ」に引っ掛けて。
実際は芸術なんて不発のことが多いんだから
数撃ちゃ当たる的精神で行け!との氏の教え。

「愛をひっかけるための釘」の後書き。
こういった豊富な振れ幅からの引用も
個人的には好きでした。

「世の中攻撃」と称していました。
諦念とまではいかない「とほほ」感。

人生訓。恋愛観。

もうやめる!って思ってもまた…

稲垣足穂の論から恋愛へ結びつけたこの流れ。
氏の本領発揮です。

詩と散文。瞬間と日常。
ロマンチスト。

だから路地裏には魅力があるのですよね。

大量の本を読んでいたとは思われたくなくて
自宅ピモダン館には一冊の本も置かなかった
ボードレールのことも引用して自己に投影…

照れ屋さん。

B級はエイキューだ

B級映画祭のコピーを依頼された時に書き上げたというこのコピー。「全国まずいもの連盟」を発足したり、スポーツ新聞の風俗欄のレポートから引用したり…氏の決して上から見下ろすことのないとそれを愛する姿勢が伝わる傑作のコピーだと思います。

いえ…あなたの残した言葉はいつまでも残っていますよ。
いつか飲み交わせる日がくることを願っています。

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酒と泪と家族とコネタをこよなく愛する40代半ばの週末料理人、たまに公式ライター。兵庫県生まれ兵庫県育ち。東京在住。主に飲み屋街に出没。人生はプロレス。生きものばんざい。涙腺弱い。胆石持ち。豆腐メンタル。アイドル好き。同級生の嫁、大学生の息子と中3の娘、そしてカメ3匹と暮らしています。BABYMETALが遠くに行ってしまい子離れに耐える親気分w (twitter: @makidekazu )

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