寝台特急月光とその時代

みなさまこんにちは。

早くアップしなくてはと思いながら今になってしまいました。

今日は581系寝台特急の内部の構造と、当時の運転時刻などをアップさせていただこうと思います。

まず、独特な寝台車の構造ですが、座席は夜になると手前に引き出してそのまま寝台となります。
ただ、このままですと座席の関係で凸凹になりますので、マットを敷いて平滑になるように工夫されていました。
さらに、その上に寝台中段をロックを外して下ろしていきます。この寝台の幅は70cmであり、下段が1m近くあることと比べると狭さを禁じえません。
しかし、当時の2等寝台(モノクラス化以降はB寝台)は52cmしか無かったので十分広いということで話題になりました。
さらに、中段の中に収納されている上段ですが、これは網棚の上に載せるような構造となっており、網棚を回転させながら中段を下ろして更に網棚を戻してから上段を設置おするというややこしい工程を経る必要がありました。

機械化できない構造だった寝台電車のベッド類

寝台車の設営は、走行中に行っていたようですが、解体のほうは、完全解体とはせず中段を仮に上げてしまうといったことも行われていたようです。

こうした寝台の設置・解体を行う人達は「乗客案内係(通称車掌補)」と呼ばれており、その昔は給仕(Boy)などと呼ばれていました。
車掌補のお話などはまた別の機会にさせていただこうと思いますが、揺れる列車の中で寝台を作っていくのはかなり熟練のいる作業であり、後継者不足に国鉄は悩まされることとなりました。

後年、14系寝台車は、そうしたことを配慮してモーターによるベッドの昇降を行うようになっていました。
A寝台も同様で機械で上段を昇降させるだけの簡易的なものとなり。優等寝台車の風格はますますなくなっていきました。
その背景には車掌補の後継者不足もあったようです。

そんな中、581・583系電車は寝台の設営解体には車掌補の力が必要になってきますので、車掌補の確保が大きな課題となっていくのですが、それはまだ先の話となります。

当時の時刻表

出典blackcat所有

世界初の寝台電車誕生当時の記録から

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加藤 好啓 このユーザーの他の記事を見る

初めまして、鉄道ジャーナリストの加藤好啓です。
特に旧国鉄【日本国有鉄道】の歴史に詳しく、自分なりに鉄道の年表サイトなども運営しております。
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