ベトナムでボランティアで眼科治療をしている日本人眼科医がいることをご存知ですか?

眼科医の服部匡志(ただし)さん。現地での活動費用や術費用は国や政府の援助を受けず全て自腹。資金源は日本の仕事で、2週間日本で医療行為をして、次の2週間はベトナムで無報酬での手術という活動を10年以上もおこなっています。

きっかけはあるベトナム人医師の言葉

ある時学会でのこと。「ベトナムで苦しんでいる人を助けて欲しい」というベトナム人女性医師の訴えを聞いて、その言葉が脳裏からずっと離れませんでした。

悩んだ挙句の果てに、『世界に対して日本は兄貴のような存在。目先ではなく大きい視野で活動するべきだ』と考え、ベトナム行きを決行しました。

出典 http://sugoihito.or.jp

しかし苦労の連続が…

ベトナムでは、片目を失明している人は当たり前。「白内障」や「糖尿病網膜症」で手術を必要としている人は大勢いました。しかし、機材や人材が不足していて手術がなかなかできない状況…。文化の壁も立ちふさがります…。

午後には2時間ほどの休憩をとるのがベトナムの習慣だった。12時になるとベトナム人スタッフは、仕事が長引いていても平気で休憩に入る。しかも昼寝付きだ。

だから仕事が長引くと、とたんに機嫌が悪くなった。服部氏だけ1人、手術室に残されたこともあった。手術が残っていても午後4時になると、残っている手術をすべてキャンセルして帰ってしまう。

出典 http://seikaiourai.jp

しかし彼は諦めませんでした。

患者を自分の家族と思え

彼は何度もスタッフに語りかけました。

「もし自分の親や子供が病気だったら、君たちは手術をキャンセルしたり、時間外だからといって追い返したりしないはずだ。患者にも大事な家族がいる。本人も人生をかけて病院に来ている。どの患者も必死だ。君たちは、多くの人の期待と願いを背負っていることを忘れるな」

何度もベトナム人スタッフにそう言い聞かせた。すると、あれほど頑固だった彼らの意識が少しずつ変わり始めた。彼らのハートに火が付いたのだ。

出典 http://seikaiourai.jp

やれるだけやってやる

「やれるだけ、やってやる」。片っ端から手術を引き受けた。

地方にはハノイまで来ることができない患者がたくさんいると知り、1週間前後で地方の病院を巡る「手術行脚」も無償で始めた。北は中国国境から南はメコン川下流域まで。

小さな村で、「日本の医者が無料で目が見えるようにしてくれる」と聞いて集まってきた100人以上の患者を、1~2日で治療した。持病の腰痛を押して10時間以上、手術台の前に立ち続けたこともあった。「視力が戻った時の患者の笑顔を見ると、苦にならないからね」

出典 http://info.yomiuri.co.jp

使命感

使命感に燃える心の支えは、高校時代に胃がんで亡くなった父の言葉でした。

父親は遺書をしたためていた。死の前日、朦朧とした意識の中で突然、ベッドから起き上がり、鉛筆でレポート用紙に書き残したものだった。その手紙には、次の4つの言葉で終わっていた。

「お母ちゃんを大切にしろ。人に負けるな。努力しろ。人のために生きろ」

父親は、勉強しろと言ったことは一度たりともなかった。いつも説いたのは、人の役に立つ生き方だった。「おやじから、社会に出るための基礎を学んだ」と服部氏は語る。服部氏は、今もその鉛筆書きのレポート用紙を大事にしまっている。

出典 http://seikaiourai.jp

1万2000人に光を

2002年から約12年間の活動で、治療したのは1万2000人以上。多くの方の光と笑顔を取り戻しました。現在は医師の育成に力を注いでるそうです。

「優秀な医師の手術が受けられるチャンスをもっと増やしたい。だから、今後はここに技術と心のある医師を育てられる教育機関を持つ眼科病院を作りたいんです。

そして、将来はカンボジアやラオス、ミャンマーなどと連携した、患者のことを一番に考える医療ネットワークをベトナムから世界へ広げられればと思っています」。

出典 http://www.vietnam-sketch.com

ANA きっかけの翼 ベトナム、日本人眼科医

出典 YouTube

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