皆さんは、手話というものにどういうイメージを持っていますか?

カッコイイと思っている人もいるだろうし、なんだか気持ち悪いと思っている人、様々な人がいると思います。しかし、手話を使っている人は私達が口頭で会話するのと同じように、自然に手で会話をしているだけです。

そんな手話を「公共の場で辞めてくれませんか」と言われたという方のtwitter上でのつぶやきが波紋を呼んでいます。

筆者の知り合いにも聾者(耳の聞こえない人)がいます。耳が全く聞こえないので、最初はどうやってコミュニケーションを取っていいのか分からず、戸惑いました。

手話を覚えようと本を買ったりもしましたが、英語の取得が難しいように、手話も一朝一夕で覚えられるような簡単なものではありません。そこで、最近ではスマートフォンのメール機能を使って、文字で会話をするようにしています。

しかし、この方法だとやはり時間がかかるので、会話、という感じにはなりません。やはり、手話を使ったほうが会話らしくなります。

★★★

私達はカラオケで大声を出して歌えばストレス発散になるし、愚痴を人に聞いてもらうことで心がスッキリします。しかし、聾者は耳が聞こえないので自分の発音が分からず、口頭で会話をすることが出来ません。私達のような方法でストレスを発散することが出来ず、きっと心の中がモヤモヤしていると思います。

唯一、手話が使える人と手話を使って会話をしている時間が、彼ら(彼女ら)にとってのストレス発散の時間なのです。それを

「公共の場では辞めてくれませんか」

と言うことは、公共の場では一切会話をするな、と言っているようなもの。私達、公共の場でも普通に会話しますよね?それと一緒なのに、手話での会話だといけないのは何故?まったくもって意味が分からない。

英語が義務教育に取り入れられているように、手話などを道徳などの教育に取り入れてもいいんじゃないか、と筆者は常に思っています。

(文/だいちゃん(∀))

この記事を書いたユーザー

だいちゃん(∀) このユーザーの他の記事を見る
得意ジャンル
  • マネー
  • 社会問題
  • 感動
  • コラム
  • ニュース

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス