その日もいつも通り会社に行った

1995年1月17日の早朝、経験したことのない大きな揺れで飛び起きました。震度3クラスの地震がくることさえ珍しい関西地方において、経験したことがないほどの大きな地震であったにも関わらず、その日もいつも通り会社に向かいました。

ダイヤに乱れはあったものの、京都から大阪方面の私鉄は動いていました。幸か不幸か、大阪にあった勤務先に向かうことができたのです。

携帯もSNSもなかった

携帯電話はあったけれど、持ってる人の方が少なく、インターネットもSNSもまだ無かった頃。今なら、日本全国の人が瞬時に大惨事の情報を共有することができますが、当時は渦中といっていい関西地方においてさえ、何が起こっているのか瞬時にはわかりませんでした。

また、職場の上司や先輩に、プライベートな理由で連絡を取る習慣も手段も当時はありませんでした。上司や先輩とも比較的フランクに連絡を取るようになるのは、携帯電話、あるいは携帯メールが普及以後のことです。

安否確認に追われた

大阪市中央区にあったオフィスに出勤できたのは、京都・奈良方面から私鉄で通う人、そしてオフィスまで徒歩圏内の人だけでした。阪神間から通う人が多く、家族寮も独身寮も、最も被害のひどかったエリアのひとつ、西宮市にありました。そのエリアに住む人たちは誰も出勤して来ず、誰からの連絡もありませんでした。電話もかけられない状態だったのです。

断続的に小さな余震が続き、揺れ続けるオフィスでやっていたことは、主に安否確認です。同じフロアで働くメンバーの安否確認が、最優先事項でした。取引先からの状況を知りたいという電話に混じり、「息子と連絡が取れないけれども息子は無事でしょうか?」という、遠方に住む職員のご家族からの、答えに窮する問い合わせもありました。

全容を知ったのは地震発生から4、5時間後

「おい大変なことが起こってるぞ」。上司に呼ばれてテレビの前に集合すると、神戸の街に火の手が上がり、高速道路が倒壊した映像が流れていました。地震発生から4、5時間経って、ようやく何が起こってるかの全容を知ることとなりました。

あれほどの惨事になっているとは誰も想像していなかったので、電車も動けば会社も営業したのです。マニュアルも無い、誰も遭遇したことのない事態を前にすると、「いつも通り」であろうとすることくらいしか、出来ることがなかったのです。

神戸方面と大阪の温度差

倒壊した阪神高速道路に、スキー旅行帰りの同僚が居合わせました。地震が起こった瞬間は、「タイヤがパンクした」と思ったそうです。周囲の車も次々と停止するなか、逆走する車も出始め、「この先は道路が陥没してるから進まれへん」との忠告を受け、来た道を引き返したそうです。

夜になってようやく連絡がついた彼らからは、その日は終日倒壊した家屋から人を助け出す作業に追われていたと報告がありました。若くて体力のある独身寮住まいの彼らは、「次はこっちも頼む」と頼まれるまま奔走してる間に、一日が終わったそうです。「当分忘れられない光景をいっぱい見てしまった」と、そう電話口で語っていました。

神戸方面でそうした修羅場が展開されている間、大阪のオフィス街は静まり返っていました。お盆やお正月並に、人も車の気配も絶えていました。
災害対策本部が設置される。全国から応援人員が派遣されてくる。そうしたことが次々と決定していきました。が、連絡手段も人員も限られていたため、慌ただしくはあってもその日のオフィスは静かなものでした。

近距離ではあっても、交通も寸断された神戸方面と大阪市内では、同じ災害に直面したとは思えないほどの温度差がありました。出勤もままならず、家族のそばを離れられない職員と、災害対策本部が起ち上がり、非常事態に入った会社との間で、そうした温度差からくる軋轢もありました。

行きはよいよい、帰りは・・・・・・だった

その日はいつもより早く帰宅を許されましたが、帰りの電車は「何かあればその時点で電車の運行を停止します」との条件付きでした。自宅最寄り駅まで帰りつけるのか。冷や冷やしながらの帰り路でした。

今では災害時の安否確認はマニュアル化され、システム化されました。時には休日にもかかってくる、訓練と称しての安否確認は正直鬱陶しいものです。ですが、災害時においては安否確認は何よりも優先され、その後の業務の進め方にも関わってきます。電話をかけ続け、取り続けたあの日。大切な人の行方がわからない。そのことがどんなに人を不安にさせるのかを知りました。「いつ・どこで・何が起こっているのか」。瞬時に誰もが知ることができるシステムは、そうした不安を解消するためでもあります。

不安を解消する選択肢が複数に増えた今、時間の経過は風化ではなかった。そう感じています。

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ウォルサム このユーザーの他の記事を見る

とある地方都市在住の暇な人です。おかたいところとばっかり縁があった反動で、すっかりゆるふわ好きになりました。リラックスして楽しめる、そんな情報をお届けしたいと思ってます。

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