「……わかりました、やりましょう」
高畑さんはついに、首を縦に振りました。
この時はまだ、ジブリができる前であり、スタッフも制作スタジオもない状況でした。
運営やスタッフ集めなど様々な仕事の責任者として、高畑さんは大いに活躍します。
この高畑さんの仕事ぶりを参考に、鈴木敏夫さんは後にプロデューサーになって、ジブリを生み出していきます(ちなみに、この時の鈴木さんはアニメージュの副編集長でした)。
ともかく、『風の谷のナウシカ』は成功し、ジブリ誕生のきっかけになったのです。
ちなみに、ここで得た利益を投資して、『柳川掘割物語』という実写ドキュメントを高畑さんが監督となって製作します。しかし、製作はやはり遅れ、高畑さんは資金を使い果たしてしまいます。
それがきっかけとなり、資金を得るために宮崎さんが新作アニメーション映画『天空の城ラピュタ』を製作します。
この時、ジブリが誕生したのです。

高畑さんはジブリにおいて『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』などを製作して、高い評価を受けます。
一方、宮崎さんは『もののけ姫』で空前の大ヒットを成し遂げます。
この宮崎さんの『もののけ姫』の張りつめられた主人公や世界観に、真っ向から疑問を投げかけて批判したのが高畑さんです。
高畑さんは全くテイストの違うほのぼのとした日常を描いた『ホーホケキョ となりの山田くん』を発表します。
しかし、この作品は映画配給会社との連携などもうまくいかず、20億円の製作費を投じ、興行収入は8億円ほどの赤字でした。これは、平成期に作られたジブリ作品で最も低い成績となってしまいました。
だたし、ジブリ作品の上映会をニューヨークで行った時、その表現手法を賞賛され、ニューヨーク近代美術館に収蔵されたのがこの作品でもあることはあまり知られていません。

ともかく、宮崎さんいわく「あんなに生産性の低い人はいない」「ナマケモノの子孫」という評価を受けた高畑さんでした。

そんな高畑さんがやっぱり、製作期間を大幅に延長し、長年付き合ってきた鈴木敏夫さんでさえ「意味不明」とまで言わしめて完成にこぎつけたのが『かぐや姫の物語』になります。
なにせ、後から始めた宮崎さんの『風立ちぬ』の方が早く完成してしまったほどです。
そんな高畑さんに辛辣な言葉を投げかけることがある宮崎さんですが、彼にとっては大きな存在であることは間違いありません。
頼もしい先輩であり、同じ考えを共有した仲間であり、監督(演出)という高畑さんは師匠のような存在でもあったかもしれません。
宮崎さんはジブリで作品を作る最中、時に高畑さんを意識して「こんなふうに書いたらパクさん(高畑さんのあだ名)に怒られちゃう」と言うこともあるそうです。
偉大な二人のアニメ監督の相互の関係が、相乗効果となって素晴らしいジブリ作品を生み出す力となったのではないかと思います。

以上、長くなりましたが、『かぐや姫の物語』を完成させた高畑勲監督について書いていきました。
高畑勲監督の集大成であるこの作品が、海外でどのような評価を受けるのでしょうか?
2月23日のアカデミー賞に注目が集まります。

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